政府、民主化運動のミャンマー人家族『国外退去』 届かぬ“難民の声”
ミャンマー民主化運動に携わる在日ミャンマー人の会社員一家に、法務省が国外退去を求めたことをめぐり、野党の民主党ばかりか与党の公明党からも批判が出ている。小泉内閣は退去の方針を崩しておらず、問題の火種は大きくなる一方だ。 (社会部・市川隆太)
■難民認定せず■焦点の人物は、ミャンマー国籍のキン・マウン・ラットさん(46)。東京都大田区の輸送会社「吉田運輸機興」でトラックの運行管理を担当する管理職。ミャンマー民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんに共鳴し、日本でミャンマー民主化運動を進める「在日ビルマ人協会」の創設以来のメンバーでもある。
一九八八年に来日し、「研修」の在留資格も得たが、民主化運動に携わったことから資格更新をあきらめ、九二年七月から不法滞在(オーバーステイ)の状態が続く。帰国すれば軍事政権の迫害を受けるのは確実と九四年、法務省に難民認定を申請した。
しかし、東京入国管理局は九八年に「難民不認定」の通知を出し、妻マリアさん(37)、長女デミちゃん(9つ)、二女ミッシェルちゃん(6つ)=いずれもフィリピン国籍=を含めた一家四人の国外退去を求めた。マリアさんには不法入国という事情があったからだ。処分取り消しを求めた裁判の判決は、一審の東京地裁(今年五月)、二審の東京高裁(同十月)とも、入管の判断に軍配を上げた。マリアさんと二人の娘は収容を免れたものの、ラットさんは十月末以来、入管施設に収容されている。
■法相も譲らず■
法務省が難民認定しなかった理由の一つに、「ラットさんが日本で結婚した際、ミャンマー政府は独身証明書を発行した」という判断がある。それが「現政権はラットさんを危険視していない」との認定につながった。だが、在日ビルマ人難民申請弁護団の渡辺彰悟弁護士は「証明書はミャンマー政府が発行したものではない。大使館を通さず、知人経由で地元の自治体から取得したものだ」と法務省の調査の落ち度を指摘する。「在日ミャンマー大使館前のデモにも参加したラットさんの顔は監視カメラで撮られており、軍事政権が許すはずがない」という不安もある。
民主党の江田五月氏は先月二十六日、参院予算委で「法相の裁量で特別在留許可を出し、一家の日本滞在を認めるべきだ」と追及した。しかし、小泉純一郎首相は「法律の専門家に任すべき問題」と、いつもの“丸投げ答弁”に終始。野沢太三法相も勝訴判決を盾に譲らず、一家をマリアさんの母国フィリピンに退去させる考えを示唆した。江田氏は「裁判で争ったのは難民認定。特別在留許可は、法相の裁量でできる問題で(両者は)違う」と批判する。
特別在留許可を求める声は公明党の中からも出ており、神崎武法代表が野沢法相を訪ね、その旨を伝えたが「私の裁量で(司法判断を)左右してはいけない」との法相の考えは変わっていない。
■本末転倒■
小泉内閣の姿勢を、渡辺弁護士は「子どもたちは地元になじんでおり、日本語しかできない。子どもの権利条約や国連人権規約から見ても、一家には日本で暮らす権利がある。それより下位法規の入管難民法で、日本から出てけというのは本末転倒」と批判する。
ラットさんの人柄にほれ込む勤務先の吉田勝彦社長も「迫害を恐れ、父の葬儀の時も帰国できなかったラットさんを難民認定しないとは。もしスー・チーさんが政権を握ったら、両国の懸け橋になる人物をなぜ大事にしないのか」と悲しむ。
だが、マリアさんの元には特別在留許可を求める署名が、全国から二万五千以上も寄せられている。「この国の役人は駄目だけど、国民は捨てたもんじゃありませんね」。社長の目が潤んだ。
●まったく腐った国だぜ