【ねこまたぎ通信】

Σ(゜◇゜;)  たちぶく~~ Σ(゜◇゜;)

 富裕層とは?

面白い.

                             2007年2月12日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.414 Monday Edition
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▼INDEX▼

■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第414回】

   □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
   □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
   □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
   □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
   □津田栄   :経済評論家

 ■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』


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 ■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:748への回答ありがとうございました。柳沢厚労相の、女性の特性を「生む機械」と比喩した発言が物議をかもし続けています。大手既成メディアは、「辞職するのか、しないのか」という質問ばかりしていますが、わたしは柳沢大臣が、「本来の自分の女性観を率直に喋ったのか」それとも「普段は生む機械などと考えているわけではないが、わかりやすくしようとしてつい口が滑ってそういう例えをしてしまったのか」、どちらなのか知りたいと思いました。発言というのは、その2種類しかないはずですから、どちらですかと聞けば、どちらかを選ばざる得ないはずです。

女を機械だと常日頃思っている、というのは厚生労働大臣としてはもちろんのこと、政治家としても、人間としても、完全に間違っていて、論外です。サイコパスで性犯罪者の疑いもあるので、ICチップを体内に埋め込んで衛星で居場所を常に監視したほうがいいかも知れません。思ってもいないことを「比喩として」つい口を滑らせた、というのは、厚生労働大臣として適性を欠いていると言わざるを得ないでしょう。なぜなら「つい口を滑らせる」人物が政府内の重要ポストに就いているのは明らかに国益に反するからです。大手既成メディアは、「辞職するか、しないか」だけに焦点を当てているように見えます。曖昧さが許されているという点についてのみ言及すれば、柳沢大臣も大手既成メディアも同様ではないでしょうか。

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 ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第414回目】
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 ====質問:村上龍============================================================

Q:749
 数値を併用して「富裕層」を定義すると、どういった表現になるのでしょうか。

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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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 ■ 山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

働かなくても、金融資産の収益だけで確実に生活が成り立つ人は、「富裕」であると考えていいのではないでしょうか。所得を用いて定義するか、資産を用いて定義するか、また、当人の立場から定義するか、これを対象とするビジネスの立場から定義するか、など、いろいろな定義の方法が考えられますが、考え方として、これが一番いいと、私は、思います。
問題は、生活のレベルを、年間コストでどのくらいに設定するかですが、家族構成や居住地域にもよるでしょうが、仮に、家賃以外に、月々100万円として、可処分所得が年間1200万円、利息に2割課税されるとして、1500万円の利息を稼ぐためには、現在の長期国債金利約1.7%に少々の余裕を持たせて安全資産利回りを年率1.5%とみて、純金融資産(借り入れを差し引いた金融資産)で10億円以上あって、さらに居住する家を所有している、という人は、まずまず富裕ではないでしょうか。
働かなくても食べて行けるわけですから、経済的に自由であり、この点は、食うために働かざるを得ない(働き口があって働ける程度に健康なら十分に恵まれていますが)大多数の人たちと、一線を画すると思います。他人がとやかく言う問題ではありませんが、さて、これから何をするかは、本人の真価を分かりやすく表していると言えるでしょう。
ある程度高齢になると、資産を取り崩して生活しても、ほぼ心配のない一種の「逃げ切り」状態になることがありますが、生活のために資産が減るのは精神的に寂しいものなので、金融資産の「確実な収益」だけで、生活が賄える状態と、それ未満の状態を区別して考えることにしました。
たとえば株式の配当とか、分配金の大きな投資信託の分配金で暮らす、という状態は、資産を大きなリスクに晒しているので、直ぐにでも頓挫する可能性があります。ほとんどリスクを取らずに、収益だけで、というところが肝心です。同様に、不動産の収益で暮らせる人も、あまり働かないで食べている場合がありますが、不動産の管理にも手間が掛かりますし、何よりも、空室リスクや、家賃のリスク、それに不動産物件そのものの相場変動に劣化のリスクを持っていますから、安心とはいえないでしょう。もちろん、不動産購入資金を借りていて、家賃収入から、ローンの返済額を差し引いた収入で食べているというような状態は、かなりのリスクを伴っていて、富裕(特に「裕」の方でしょうか)とは言えません。
なお、金融資産の「収益」を考える場合に、利息・配当などのインカム・ゲインと、株式・債券の値上がりなどのキャピタル・ゲインを区別する必要はありません。毎月分配型の投資信託のように、インカム・ゲインが安定していても、元本の価値が変動するものもあるので、インカム収入が安定しているからといって、安定した運用とは考えられません。
また、厳密には、「収益」は、実質価値で考えるべきでしょう。物価が年率2%下落しているなら、10億円が金利ゼロで保管されていて、2千万円取り崩すことは、何ら損ではありませんし、不健全でもありません。一般論として、昨今の日本人は、投資元本とインカム・ゲインを過剰に区別してインカム・ゲインを指向し、且つ、名目の元本に拘りすぎる傾向があります。この拘りは、しばしば、経済合理性の点では得にならない、つまらない金融商品を買うことにつながっているように思えます。
富裕層の定義が出来たとして、富裕な人は幸せでしょうか。経済的に豊かであることで、少なくとも、避けられる不幸は数多くありますし、お金があると、行動の自由度が拡大するので、他の条件を一定とすると、富裕な人は幸せである確率が高いようには、思います。しかし、往々にして、富裕者はさらに大きな富を求めてあくせくしていたり、健康や名声、人望(異性に好かれるか否かも含めて)などに不足を感じることが、悩みや精神的な飢餓感につながっていることがあるので、幸福感にとっては、決定的な要素にはならないのではないか、と私は想像しています(想像するだけなのが、ちょっと残念ですが)。

              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/

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 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

最近、“富裕層”やそれに関係して“富裕層ビジネス”などの言葉を、新聞や雑誌などでよく見かけます。しかし、“富裕層”の定義は、ただ漠然と“お金持ち”という程度しか意識がありませんでした。ネットで検索してみると、様々な定義に遭遇しました。これだけ頻度高く使われているコンセプトの定義が明確でないというのも、なかなか面白い現象といえるでしょう。
インターネットを検索する限りでは、使用する側の勝手な基準で、自分たちの都合の良いように定義しているように見えます。一般的に定着した定義はないようです。例えば、ある証券会社は、取引顧客のセグメンテーションとして、富裕層=証券口座に5000万円以上の金融資産を預けている顧客と規定しているようです。
また別の証券会社は、同様のセグメンテーションを1億円以上としたり、さらには5億円以上という基準を設定しているところもありま。あるシンクタンクのレポートでは、年収が1500万円を超える家計を、富裕層と定義していました。“富裕層”を、保有資産のストックベースで見るのか、収入というフローで見るのかについても、定着した考え方はないようです。
その中で、統計数字の裏づけがしっかりしている野村総合研究所の定義(2005年の富裕層マーケットは81.3万世帯、167兆円)は参考になると思います。
http://www.nri.co.jp/news/2006/060905_1.html
それによると、富裕層を、ストックベースの保有純金融資産額(保有金融資産の額から負債額を差し引いて純資産額としている)で細かく分類しています。
保有純金融資産額が5億円以上は超富裕層、同1億円から5億円までを富裕層として、この二つのカテゴリーを富裕層と規定しています。その定義によると、2005年現在、超富裕層が5万2千世帯(金額ベースで46兆円)、富裕層が全国に81万3千世帯(同167兆円)あるそうです。
2006年3月現在、わが国の世帯総数は約51百万世帯ですから、この定義によると、超富裕層世帯が全世帯数の約0.1%、富裕層世帯が約1.6%ということになります。超富裕層・富裕層という語感から考えると、相応の説得力があるような気がします(ただ単純にそう感じるので、特に合理的なロジックがあるわけではありません)。
富裕層世帯には、色々なバックグラウンドがあるのでしょう。例えば、相続などによって、自分が努力したわけではなく、生まれながらにして資産家であったケースや、企業などの組織に属して、その中のハエラルキーを上り詰めて、資産家になった人もいるでしょう。また、株式投資などから多額の儲けを稼ぎ出した人もいることでしょう。いずれにしても、個人的には羨ましい限りです。
最近、富裕層の割合の上昇傾向が顕著だと指摘されているようです。また、富裕層と呼ばれる世帯は、一般的に株式や外貨建て金融資産など、いわゆるリスク資産の割合が高いといわれています。ストックベースで多額の資産を持っている世帯は、資産選択について一般の世帯と異なる選考を行うことが指摘されています。
さらに、最近では、富裕層の消費行動などについても調査が行われることが多く、彼等の行動様式をフォローし、その購買力をターゲットとするビジネスが徐々に目立つようになっています。従来、“1億総中産階級”といわれるほど、意識的に均質化していた人々の間に、かなり明確な行動様式の違いが出てきたといえるのでしょう。

  信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

物を売る側にとって、現在富裕層は消費の王様です。消費の多さだけが富裕層の幸福を意味するかどうかは微妙な問題ですが、少なくともマーケティングサイドは、様々な観点から勝手に富裕層を定義付けて、地位にふさわしい消費を期待しています。
週刊「ダイヤモンド」の06/10/14号は富裕層の特集でした。それによると、野村総合研究所は、自らの富裕層向けのコンサルタン業務のターゲットとして、金融資産から負債を引いた純金融資産を1億円以上保有している、日本の総世帯数の約1.7%、87万世帯を富裕層と定義したそうです。
同様に、メリルリンチグループと三菱UFJファイナンシャル・グループが合弁で設立したプライベートバンキング業務を営む証券会社もやはり金融資産1億円以上を狙い目にしています。
年収の面では、06/03/15の日経流通新聞は、3000万円から上の階層で、キャビン付ヨットやクルーザー、オーダーメイドの服、海外リゾートクラブ会員権といった典型的な富裕型消費の割合が跳ね上がると報じています。
これらのメディアによると、富裕層は、親から遺産を相続した資産家のような旧来の富裕層と、自ら起業で大儲けしたヒルズ族外資系のインベストメントバンカーなど上位のサラリーマン、デイトレーダーなど株で大もうけした人たちなどで構成される新富裕層に分かれるようです。デイトレーダー新富裕層説に関しては、都市伝説に近いものでかなり眉唾だと思いますが、これらの層が数と財力で力をつけて、その旺盛な消費で最近の高額商品好調の流れを作ったのもまた現実です。
上記の日経流通新聞は新旧の富裕層を比較していますが、これによると、新富裕層の消費は、大衆消費をそのまま大型化したもので、旧富裕層の渋い「通好み」より、だれにでも価値の分かる「スポーツカー」、「欧州ブランドのスーツ」や「4カラット以上のダイヤモンド」に、お金を使う傾向が高いというように分析されています。
消費傾向を記述すると、フェラガモよりはグッチ、いやブルガリだといった具合に、高級ブランドの羅列になり、どうしても品格に欠ける議論になりがちですが、新富裕層の消費は大衆消費の延長上にあるという指摘は説得力があります。新富裕層はお金の使い方を、これから学んでいく途上にあるのでしょう。
富裕層先進国の米国の状況はどうでしょう。ビル・ゲイツは2年後に引退して余生を慈善事業にささげ、ウォーレン・バフェットも資産の大半を慈善事業に寄付するそうです。彼らは、桁外れの金持ちで参考にはならないかと思いますが、金を他人のために使うのが最高の価値であるという思想がよく現れています。ウォーレン・バフェットが人前に出るときは、いつも既製品の背広で出てくるので有名ですし、テレビで見るビル・ゲイツもいつもカジュアルな格好をしています。質素第一のピューリタン的な伝統を感じさせます。
新約聖書のキリストの言葉に「金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」というのがあります。「財産をすべて売り貧しい人に施して、私(キリスト)の弟子になる」ことが天国に入る条件なわけです。聖書(特に新約)は、金持ちには厳しい言葉に満ちているので、キリスト教的倫理観を持つ米国社会で金持ちでいるのには、それなりの努力(寄付、慈善活動)が必要です。
19世紀から20世紀にかけての米国資本主義の躍進期の立役者(例えば、J.P.モルガン、J.ロックフェラー等)は、あまりにも過酷な金儲けで泥棒男爵と称せられましたが、現在に伝えられているのは、悪名よりもその名を冠した慈善団体や膨大な美術コレクションです。彼らも単なる富の蓄積と顕示的な消費だけでは、天国にいけるかどうか自信がなかったのでしょうか、彼らとその後継者は膨大な寄付を行いました。過酷な資本主義経済の追求にも、それなりの品格が付け加わったと見るべきでしょう。彼らが、本当に天国に行ったかどうかは、それこそ神のみぞ知るですが。
発展途上にある日本の新富裕層も、今後金の使い方の経験を積んで、成熟した消費文化の担い手になってほしいものです。所得の一定割合、例えば1/10は、寄付や他人のために金を使うことが、富裕層の条件(暗黙の義務)であるような社会が、彼らの幸福のためにも望ましいかもしれません。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

「富裕層」は主観的な言葉ですから、明確な定義はありませんが、フロー(所得)よりもストック(資産)に注目する方が多いと思います。「俄か金持ち」や「成金」という言葉がありますが、宝くじが当って偶然金持ちになった人よりも、親の資産を引き継いで土地や株の資産を多く持つ人の方が、富裕層と見なされることが多いと思います。2月8日発売のフライデーは安倍首相や麻生外相の渋谷区の邸宅の写真を掲載しています。閣僚は資産公開をしていますが、安倍首相や麻生外相などは日本の典型的な富裕層と見なされるでしょう。両家とも代々有力政治家を輩出している訳ですから、日本のエスタブリッシュメントという言葉の方が適切かもしれません。最近は若くして起業に成功して、ジャスダックやマザーズに株式を公開して、富裕層入りした社長も多く生まれています。
メリルリンチでは年に1回、フランスの調査会社のキャップジェミニと共同で「ワールド・ウェルス・レポート」とのレポートを発表しています。ここでの富裕層の定義は、金融資産を100万ドル(約1.2億円)以上保有する個人という定義です。英語で“High net worth individuals”(略称HNWIs)と呼んでいます。世界版とは別に「アジア太平洋・ウェルス・レポート」も出ています。これらのレポートは登録すれば、キャップジェミニのホームページから閲覧可能ですので、興味ある方はご覧になれます。
この調査によると、2006年の世界の個人富裕層は870万人と、前年比で6.5%増えました。地理的に個人富裕層が多いのは北米で、次いで欧州、アジアの順です。国別の個人富裕層では、日本は米国に次いで2位です。世界の個人富裕層の合計資産残高は33.3兆ドルと前年比で8.5%増えました。アジアには、金融資産100万ドル以上もつ個人富裕層が240万人いますが、うち日本が140.6万人と過半数を占めます。アジアで成人人口に占める個人富裕層が最も多いのはシンガポールの1.48%で、日本は1.29%と香港の1.30%に次いで3位です。最近、個人富裕層の投資先としてオルナタティブ(代替)投資の比率が高まっています。
日本でも富裕層向けの金融サービス業(プライベートバンク事業と呼ばれます)に力を入れる金融機関が増えています。メリルリンチも昨年、三菱UFJと合弁で個人富裕層向けのプライベートバンク事業を開始しました。UBSやピクテなどもグローバルなプライベートバンク業務では有名です。国内大手銀行も顧客の資産規模に応じたサービスの差別化を行いつつありますが、サービスの差別化は金持ち優遇などと批判を受けることがあります。しかし、株式を公開した民間金融機関であれば、収益性が高い顧客に多くのサービスをするのは当然と思います。
大手証券も個人富裕層向けのSMA(Separately Managed Account; ラップ口座)事業を強化しています。ラップ口座は顧客が証券会社や信託銀行に運用期待利回りや許容できるリスクなどを伝えて、運用を任せるサービスです。契約資産残高は2006年9月時点で3900億円ということです。日本の個人金融資産は約1500兆円といわれますので、わずかの金額がラップ口座にシフトしただけといえます。ラップ口座は各証券会社によって、最低投資金額が違いますが、1000ー3000万円程度が多いようです。保有金融資産の全てをラップ口座に預ける人は少ないでしょうから、ラップ口座を保有している人なども富裕層と呼べるでしょう。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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 ■ 津田栄   :経済評論家

「富裕層」をどういう基準で定義するのかこれと決まったものがありません。今、お金を基準にする考えが一般的なようですが、その際にはフロー(所得)でみるのか、ストック(資産)とみるのか、どちらを基準にしても、どの金額以上を富裕層と扱うのかなど、明確なものはありません。ただ、「富裕層」は「お金持ち」に代わって使われている言葉です。お金持ちといえば、私たちの感覚でいえば、億万長者という言葉にあるように1億円以上と捉えていますし、国内・海外の調査を見ても、フローで見るときもストックで見るときもどうも1億円以上を基準にしているようです。
まず、所得での基準では、『日本のお金持ち研究』(橘木俊詔、森剛志共著)が参考になります。ここでは、国税庁の「全国高額納税者名簿(2001年度版)」で年間納税額3000万円以上をお金持ちと定義、そこから逆算すると所得が約1億円以上がお金持ち=富裕層ということにしています。また資産では、06年9月に野村総合研究所が発表した「富裕層」調査での定義ですが、純金融資産(預貯金や株式、一時払いの生命保険・年金保険などの金融資産から負債を除く)で1億円以上を「富裕層」(5億円以上の「超富裕層」と分けていますが)として定義しています。また、海外でも、メリルリンチが毎年行なう富裕層調査では住宅を除く金融資産保有額が100万米ドル以上を富裕層としています。
ちなみに、国税庁のデータから逆算して1億円以上の所得の個人は約9000人ですが、これは実態を反映しているとはいえません。やはり資産で富裕層を定義するのが一般的のようです。資産で見ると、野村総合研究所の調査から、05年時点で富裕層(純金融資産1億円以上5億円未満)は81.3万世帯、167兆円、超富裕層(同5億円以上)は5.2万世帯、46兆円の金融資産を保有しているとしています。つまり、1億円以上を富裕層とすると86.5万世帯、213兆円、05年当時5045.6万世帯(総務省)で1.7%の世帯で、1506兆円の個人金融資産のうち実に14.1%を占めることになります。
また、メリルリンチ調査では、世界の富裕層(金融資産100万米ドル超の保有)は、05年末で870万人(前年比6.5%増)、超富裕層(同3000万米ドル以上)は8.54万人(同10.2%増)存在するとしていて、その中で、日本の富裕層は141万人、前年比4.7%増加していると見ています。これが本当なら日本の富裕層は世界の富裕層の16.2%を占め、また日本全体では1%強が富裕層ということになります(そうした状況の中で、富裕層に対して、いろんな分野でモノやサービスをいかに提供するかという形で、マーケッティング戦略がはやっています)。
ところで、「富裕層」という言葉は、2005年の流行語大賞の一つとして選ばれました。それまでは「お金持ち」という言葉は使われてきましたが、この「富裕層」という言葉は、「お金持ち」に対する羨望とともにそこに潜むあこぎさ、ひがみ、蔑みを和らげるために使われ、広がったように思います。その背景には、小泉政権下での構造改革の進展により、デフレが沈静化し、経済が回復するなかで、経済格差が拡大したという状況があって、改革と格差に対する社会的容認から、この「富裕層」という言葉が使われ、受け入れられたのではないかと思います。
すなわち、この小泉構造改革のもとで、非正規社員など低所得者層やワーキングプア生活保護世帯など「貧困層」が急速に増加する一方で、株式相場の上昇による株式長者や、ライブドアなど新興企業の上場にみられるお金持ちの若手起業家が続出する結果、貧富の差が拡大・二極化するなかで、この「富裕層」という言葉は、構造改革への支持から受け入れられ、勝ち組といわれるお金持ちに対する批判を和らげることにつながったのではないでしょうか。ただ、今後格差が拡大していけば、この富裕層という言葉も社会的支持を失い、改革の後退とともに軽蔑の対象になる可能性もありうるのではないかと思います。
一方で、日本のお金持ちの多くの人たちは、土地を持っています。日本では、昔から地価は上がり続けるという土地神話があり、大金持ちは土地持ちであったのですが、それもバブル崩壊とともに地価下落が東京や名古屋など一部都市部を除いて続いている中にあっては、多くの土地を持っていても、お金持ちではなくなる場合がでてきました。また土地だけでは、処分してお金にしない限り、投資や消費など経済活動に使えません。その点で、土地持ちでも資産としては不安定であって、土地を資産として持って富裕層と言えるのは、東京などの土地を持っているごく一部の者ということになります。
その意味で、日本の富裕層の一般的な定義としては、1億円以上の純金融資産を保有するお金持ちをいうのであり、小泉政権構造改革で必然的に生まれるお金持ちをプラスに評価し、容認するために使われた言葉であるといえましょう(そして、改革に対する巻き戻しで、経済格差を容認しないという状況になれば、この富裕層という言葉も使われなくなるのかもしれません)。
ただ、日本の富裕層は、世界の富裕層とは違い、その内容や性質は少し違う点があるように思います。それは、宗教的な面もあるのですが、世界の多くの富裕層に見られる、多額の寄付と慈善活動を通じて社会的な貢献を責務として行い、そのおかげで富裕層として社会的容認を得、尊敬されようと努力がなされているのに対して、日本では寄付や慈善活動が規制され、社会的容認も一筋縄ではいかないという点で、また高い相続税でその富裕層という地位を三代で失ってしまうという点で、大きく異なっているといえましょう。
また、それぞれの国の物価水準によっても、その金融資産の価値は異なってくるといえます。日本では、目に見えない規制によって相対的に物価水準が高く、その意味で1億円以上の純金融資産といっても、相対的に物価水準が低く、成長著しい中国やインドなどアジア諸国の富裕層に比べて実質的には規模的に小さいといえるのではないでしょうか。また日本の成長率の低さから来る低金利や株式の収益率の低さによって、日本の富裕層の金融資産の増加も、欧米などに比べて見劣りし、その地位を維持していくのは大変であるといえましょう。
最後に、今後団塊の世代で多額の退職金をもらい、純金融資産が1億円を超える者が多くでてきて、富裕層は増加すると見られています。しかし、この団塊世代のにわか富裕層は、所得が年金を中心としている限り、資産から旅行や趣味のために使いながら生活費も払っていくことになるでしょうから、金融資産は目減りして、団塊世代のにわか富裕層はその地位から脱落していくことになるでしょう。
また、低成長の中で、今後の少子高齢化の進行とともに人口減が続くことになれば、日本の富裕層が世界の富裕層に占める比率も、人口増加と高成長の中国やインドなどアジア地域の富裕層の増加とともに低下していくのではないでしょうか。その意味で、経済のグローバル化により経済格差が世界的に広がっていくなかにあって、構造改革を進めてそれに適応してきた日本では、将来、経済的要因によって限界が来るかもしれず、その場合、富裕層の地位は、国内でも、また世界の中でも、それほど堅固なものとはいえないかもしれません。

                             経済評論家:津田栄

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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:749への回答ありがとうございました。最近、格差に関する本を読んでいま
す。たとえば大量の退職が始まる団塊の世代間の格差がどの程度のものか、つまりシ
ニア世代と呼ばれる人たちのセカンドライフにはどのような経済的階層があるのか、
おおまかにつかみたいと思っているのですが、まだよくわかりません。

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Q:750
 「努力が報われる社会」とか「努力しても報われない不公正」とか、「努力」と
「報われる」という言葉の組み合わせを最近よく目にします。現在、たとえば「努力
が報われる社会」というとき、「努力」「報われる」という言葉はそれぞれ具体的に
どういった「行為」と「利益」を意味しているのでしょうか。

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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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