【ねこまたぎ通信】

Σ(゜◇゜;)  たちぶく~~ Σ(゜◇゜;)

 正義と民主主義をもたらすはずの軍隊のやったこと Abu Graib刑務所収容者の供述 2004年6月1日 供述調書翻訳チーム 4

Kasim Mehaddi Hilasの宣誓供述書の翻訳 №8

捕虜番号:151108 2004年1月18日13時

神の名の元に全ての証言は何者にも圧迫をうけずなんら物質的な利益を得るためのものではないことを誓います。まず私はアブグレイブ刑務所で私自身に起こった事のみお話するつもりです。ここに入れられる前に何が起こったかについては尋ねられていませんのでお話しませんが最悪だった事をお伝えします。

1)彼らは私を下着すら着けさせず丸裸にしました。そしてばら色の花模様の女性用下着を渡し、私の顔に袋をかぶせました。彼らのうちの一人が私の耳元で「今日これからお前を犯してやる」とささやきました。そして彼はそれをアラビア語で言いました。
わたしと一緒にいたものは誰もが同じ経験をしています。それがアメリカ兵のやり方であり、彼らにはAbuHamid という通訳と一人の女性兵がついていました。彼女の肌の色はオリーブ色でした。2003 年10 月3 日か4 日の昼間3 時か4 時頃でした。彼らが私を房に連れていったとき通訳のAbuHamid と一人の米兵がやってきました。彼の階級は軍曹でした(と私は確信しています)。そして彼は私が女性用の下着を身につけていたために私を「ホモ野郎」と呼びました。私は「ちがう」と答えました。すると彼は私に「なんで女性の下着をつけているのだ?」と言いました。私は「無理やり着せさせられたからだ」と答えました。キャンプB から独房への移動によって殴られっぱなしとなったが、顔に袋をかぶせられていたために私には彼らの顔は見る事ができませんでした。そして彼らは51 日間のあいだずっと私にこの下着をつけさせました。
そして他にはほとんど何も身に着けさせられませんでした。

2)私はGrainer からはもっと残酷な虐待をうけました。彼は私を後ろ手錠で縛り、金属の窓のところに縛り付けました。その場所は足が届かない所で私は5 時間もの間、吊り下げられました。ただ御祈りがしたいので時間を訪ねただけの理由でです。そして彼は私を丸裸にし女性の下着を私の頭にかぶせました。彼は私を窓の鉄枠から解放した後、夜が明けるまで私をベッドにつなぎました。彼は私をシャワー室につれて行った後、再び部屋に戻しました。その日1日中断食をしていた私に対し、彼は夜、食事を取る事を禁じました。Gainer や他の二人の兵士は自分たちが私に行った行為をすべて写真に撮っていました。酷く殴られて1 時間かそこら意識がありませんでしたので彼らが写真に取ったかどうかは分かりません。

3)彼らは我々がラマダーンで断食している期間中、我々に丸1 日そして夜も食事を与えませんでした。食物は非常食が1 袋だけでした。

次に私が目撃したことについて証言します。

1)彼らは3 人の囚人を丸裸にし、一緒に手錠で縛り付け、上に上にと積み上げました。私は米兵が彼らにサッカーボールをぶつけ写真を撮っていたのを見ました。彼が下着を脱ぐ事を拒否したからといってGainer がある囚人の右頬をとても強く殴っているのを見ました。そして囚人たちが助けを求めているのを聞きました。また米兵達が彼らにホモのように性交するように命令しているのも聞きました。そこには皆が軍曹と呼んでいた、黒い膚の米兵が1人と、7,8名の兵士がいました。複数の女性兵士は写真を撮っていました。それがラマダンの最初の日のことです。ラマダンの2日目も彼らは同じことを繰り返しました。米兵は彼らに対し、裸で手錠でつながれた状態で四つん這いで這うように命令しました。

2)私は○○○が15〜18歳位の子どもを犯しているところを目撃しました。子どもはひどく痛がっていましたが、彼らはすべてのドアをシーツで覆いました。私が叫び声を聞いて、覆いのできていないドアの一番上の所に登ると、軍の制服を着た○○○が小さな子どもの肛門へ、彼の性器を押し込んでいるのが見えました。子どもの顔はドアの前の方に向いていたので、私には見えませんでした。女性兵士が写真を撮っていました。○○○は、私は△△△だと思う。何故なら、彼のアクセントと、貧弱でもなく低身長でもない体格、そしてホモセクシャルのような立ち振る舞いによって、そう思うのです。それは記憶の限りでは、23号房であったと思う。

3)北側区域にあった房の中で、それはほとんど地下に位置していたが、他の区域とちょうど交差する所にいた。彼らは再びシーツでドアを覆った。グレイナーと手助けする者たちが、イラクの市民で○○○という名前の因人に手錠をして1号の房にいた。彼らは、彼をベッドにつなぎ、彼の肛門に信号筒を差し込んでいた。彼は神の助けを求めて叫んでいた。○○○はしょっちゅう殴られ、懲罰を受けていました。というのも彼の叫び声を私は聞いたからで、彼らはそんなことをするときは、私達にドアの近くに立つことを禁じていた。彼らが彼の肛門に棒を押し込んでいるのを見たのは、アマダンの日、だいたい夜中の12時頃のことです。女性兵士が写真を撮っていました。

4)私は、全身裸で上下ひっくり返されたバケツの上に男たちが立っているのを何度か目撃しました。そして同じく、椅子を頭上に掲げて運ばされているところや、木製間仕切りの後ろの通路の送風機下に水を浴びせられて、立たされているところも見ました。私がそこにいた間中、自分に起こるであろうことを見たり聞いたり、感じたりしなかったような日は、一日としてなかった。そして私は繰り返し誓う。私が話したことは真実であること、全能の神アッラーにかけて宣誓する。アッラーは私の証人である。

翻訳者 立会人
署 名 署 名
Johnson ISHO Abdelilah ALAZADI
訳者、分類?型 訳者、分類?型
タイタン株式会社 タイタン株式会社
所属
囚人インタビュー/尋問チーム
第10憲兵大隊
第3憲兵
アブグレイブ刑務所
公的使用に限定