【ねこまたぎ通信】

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どうなる国際刑事裁判所 アメリカとポチを裁け

 バグダッド陥落から間もなく二カ月。「米国の正義は国際社会のルールに勝る」というシラけた空気が漂っている。傍観者は構わないが、イラク戦争の犠牲者はそれでは済まない。戦争責任や人道上の罪を問う試みは続いている。期待を背負うのが「開店前夜」の国際刑事裁判所(ICC)だ。設立の意義と可能性を検証した。 (田原拓治)
 五月十四日、イラク戦争被災したイラク人十七人とヨルダン人二人が米中央軍のフランクス司令官を相手取り、ベルギーの人道法に違反したと同国の裁判所に提訴した。ヨルダン人は米軍の砲撃で死亡した衛星テレビ・アルジャジーラの記者の身内だった。

 米軍による救急車への発砲やクラスター爆弾の使用を戦争犯罪とみなしての訴えだった。ベルギーは一九九三年以降、戦争犯罪や大量虐殺など人道上の罪を国籍や発生地にかかわりなく裁けると規定してきた。

 だが、ことし四月の法改正で、運用は被告が在住する国が民主的な司法制度を持たない場合などに限定。制度は骨抜きになり、この提訴も実効性は薄かった。

 このベルギーのユニークな制度に代わって、期待されているのがICCだ。日本国際法律家協会(本部・東京)事務局長で青山学院大法学部の新倉修教授(国際刑事法)はその存在意義をこう語る。

 ■弱肉強食の論理「英知で止める」

 「米国の論理は“国家は万能”という十八、十九世紀の論理。イラク戦争はアナン国連事務総長の言う通り、国連憲章にも反している。そうした弱肉強食の論理を二十世紀の二つの大戦で得た文明の英知で食い止めようというのが、ICC設立の意義です」

 ICCは九八年七月のローマ会議で設立条約(ローマ条約)が採択され、昨年七月に発効した。法的には存在するが、実務面ではまだスタートしていない。

 裁く対象は個人で、特定の民族や宗派に対する集団殺害(ジェノサイド)、虐殺やレイプなど人道に対する侵害、戦争法規違反(戦争犯罪)の罪を問う。狙いは虐殺などの予防と報復の連鎖を絶つことにある。

 二審制で欠席裁判は認めず、死刑はない。扱う事件は(1)自らが探したり、訴えのあった事件を検察官が選ぶ(2)国連安全保障理事会や締結国が付託する、のどちらかで、予審局で精査されて公判局に送られる。この二局に加えて上訴局は、選挙で選ばれた計十八人の裁判官で構成される。

 ■パレスチナ紛争 原則、扱えない

 ただ、地球上、どの事件も裁けるかというと限界がある。対象は容疑者が国籍を持つ国、もしくは発生国のいずれかが締結国でなくてはならない。パレスチナ紛争ではイスラエルパレスチナ自治区が未加入なため現在は原則、扱えない。

 ほかにも、対象は条約発効(昨年七月)後の事件のみ、被告人が非締結国にいる場合にどう引き渡しを図るか、また国内法や二国間条約が優先される、といった限界や問題点がある。国内法で意図的に軽い判決が下された場合、ICCが再審理することになるが、実際の作業は容易ではない。

 とはいえ、ICCの誕生は画期的だった。日弁連国際人権問題委員会事務局長の東沢靖弁護士は国際法廷の歩みからこう説明する。

 「第二次大戦後のニュルンベルク裁判所や極東軍事裁判所は戦勝国が敗戦国を裁くのみという限界があった。加えて国家間の罪を裁くだけで、国内の虐殺などは扱えなかった。その後、国連安保理が旧ユーゴスラビアルワンダで法廷をつくった。だが、これも事後にその事案のみを扱う裁判所で常設ではなかった。だから、これから起きるであろう犯罪には抑止力たり得ないという限界があった」

 冷戦期にもICC設立の動きはあったが、政治利用される恐れがあることで凍結された。九〇年代前半から欧州、アフリカで設立機運が盛り上がり、ベルギーの実験をへて結実した。

 ことし二月時点で批准国は英、仏含め八十九カ国。中国、米国は未加盟で特に米国の反発は強い。だが、二〇〇一年九月の米同時多発テロ後、「米国の正義が世界の正義」と「警察官」を自称する米国の振る舞いに不安を感じた国々が駆け込みで批准したという。

 日本はローマ会議では設立に積極的だったが、未加盟だ。外務省条約局法規課は「決して後ろ向きではない。ただ、集団殺害などを直接定めた法規が国内にはなく、既存の国内法との整合や身柄引き渡しなどのための法的整備を急いでいる最中」と話す。

 ■自衛隊海外派遣絡める動きも…

 しかし、非加盟の米国への配慮とともに、政府がICC加盟の政治利用を狙って時間をかけていると指摘する声もある。東沢弁護士は「武力紛争への処罰制度を逆に自衛隊の海外派遣の口実に絡めようと、有事法制とICC加入をワンセットに扱う動きも政府内ではちらつく」と懸念する。

 さて、先のイラク戦争での訴えはICCで裁けるのだろうか。現実には難しいという見方が強い。米国が非加盟で、イラクは現在も占領中だからだ。

 しかし、可能性はゼロではない。新倉教授は「英国は締結国で、英領ディエゴガルシア島から米国の爆撃機イラクに飛んでいる。この点を使えないか、検討している非政府団体もあります」。

 ■親米イラクなら「提訴は薄い」

 また、東沢弁護士はこう指摘する。「新生イラク政権も親米政権になるだろうから、仮にICCに加盟しても訴える可能性は薄い。しかし、その新政権の正統性をICCが否定して国外のイラク人団体に認めれば道は開かれることになる」

 こうした問題も結局、国際情勢での力関係が大きく左右する。だからこそ、締結国の増加が何より大切と東沢弁護士は強調する。

 「旧ユーゴの国際法廷にセルビアミロシェビッチ元大統領を引きずり出せたことが好例。通常ならセルビアは彼を守ろうとする。しかし、国際的な包囲網がそれなら再建援助も取りやめるなどと圧力をかけた結果、セルビアが折れた」

 国連安保理の補償委員会委員を務める鈴木五十三弁護士はICCの現状での不備を認めながらも、その設立を積極的に評価する。

 「最大の課題は非戦闘員や市民に対する武力行使の仕方をどう抑制していくかだ。戦争にはルールがないというが、法律家からみればある。政治家が戦争をするか否か決めるが、それを抑制させるのが法律家の務め。そのためには主権を国際法廷に少しずつ委譲させねばならない。人道法には本来、国境はない。いきなり、正義は適用できないだろうが、ICCというシステムができたのは前進だ」

 この三月には日弁連も加入した国際刑事弁護士会も設立された。ICC始動への準備は整いつつある。

東京新聞