エイズからアフリカを救え
IPSニュース
国民不在の政争を激しく批判 沈黙の壁打破し、行動開始
信者網活用し予防・撲滅へ ナイロビで異例の宗教者会議
アフリカの宗教家たちが今、エイズ問題でこれまでに見せてきた「沈黙の壁」を破り、宗教の違いを超えて、エイズ予防・撲滅に向けた協調行動を開始した。ナイロビで開かれたエイズ問題をテーマとする宗教者会議は、アフリカ大陸の奥深くまで行き渡る信者たちの網の目を活用し、エイズに対する偏見と差別に苦しむ子供、家庭の救済に乗り出すことを決めた。これまでタブー視されてきた性教育の徹底普及と患者らへの差別撤廃が、大陸におけるエイズ予防・撲滅の成否のカギを握っている。宗教家たちがどうエイズ問題に立ち向かい、苦しむ信者たちをどう救うのか、その真価が問われる。
【ナイロビIPS(ケーティー・サモン記者)
ケニアの首都ナイロビで6月10日から13日まで、アフリカ大陸の宗教家や部族の長老、国際機関関係者らが一堂に集まり、同大陸にある諸国を日夜襲い続ける「エイズ(後天性免疫不全症候群=AIDS)」への取り組み方を話し合う、異例の国際会議が開かれた。会議を主催したのは、子供たちへのエイズ感染予防活動を展開している「アフリカの子供希望計画」。同計画の関係者は「子供、両親、家庭、そして社会に脅威を与えるエイズの対策に、宗教界が積極的に参加してくれました。この大陸でのエイズ予防とエイズ患者・感染者対策にとって歴史的な会議となりました」と話し、今後の成果に大きな期待を寄せている。
会議に参加したのはイスラム教、カトリック、英国国教会などの宗教家、宗教法律学者、部族の長老ら約120人。いずれの参加者たちもアフリカ大陸に蔓延するエイズの撲滅、予防へ向け、今後積極的な役割を果たしていく決意を明かにした。
▽過去の姿勢反省する宗教界
宗教家の中にはカトリック教会関係者もいた。カトリック教会はこれまでエイズを引き起すヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染予防に向けたコンドーム使用を認めず、各方面から非難を受けてきた。しかし、カトリック教会はこの会議に代表を送り、従来の方針を大きく転換する姿勢を見せた。
宗教界は信者たちへの精神的指導者としての影響力と、アフリカ大陸の最奥地にまで広がる信仰の網の目を使い、エイズ対策に乗り出すのを目標にしている。
ウガンダ・イスラム最高評議会のトゥワイブ・ムクエ副議長は「宗教界はエイズ対策に十分な役割を果たしてきませんでした。われわれの沈黙と拒絶の姿勢がエイズ患者・感染者とその家族への汚名と疎外を助長してきました」と語り、直接、間接的にエイズに苦しむ人々と長年にわたって距離を置いてきたことを深く反省した。
ムクエ副議長は続けて、「今回の会議を通じ、宗教界はわれわれの社会を滅ぼすエイズと戦う決意を新たにしました。ここに集まった宗教家たちはエイズへの戦いを宣言したのです」と述べ、会議の成果を誇示した。
▽毎日1万5千人が感染
エイズ危機が叫ばれるアフリカ大陸では近年、エイズ対策への取り組みが大きな進展を見せている。多くの政府、支援団体、市民組織がエイズへのタブーを打ち破り、市民たちとエイズ問題での対話を開始した。キリスト教系の中には、エイズに苦しむ信者たちの現実を放置してきたことに謝罪した教会もあった。
アングリカン教会(英国国教会)の大主教は今年4月、「われわれはエイズに対するすべての沈黙を破るよう求めます。沈黙とは即ち、いわれなき汚名への沈黙、拒絶という沈黙、恐怖という沈黙です。これらの沈黙を許したことでは、教会も共に罪を犯してきました。われわれは過去にも声を上げましたが、その多くは非難の声でしかありませんでした」と述べ、同教会がエイズ対策に正面から取り組む姿勢を打ち出した。
こうした宗教界の姿勢変更にもかかわらず、アフリカ大陸でのエイズ蔓延には歯止めが掛からない。1日当たり1万5000人が感染し、そのうち7000人が若者たちだ。アフリカでは15歳未満の子供たち1400万人が孤児となっている。
国連児童基金(ユニセフ)のキャロル・ベラミー事務局長は、「第2の沈黙の壁」がその原因で、このを打ち破る必要があると指摘、さらに次のように述べた。
▽求められる充実した性教育
「第2の沈黙の壁はわたしたちのもっと身近にあり、より個人的なものなのです。それだけに打ち破るのが難しいのです。第2の沈黙の壁とは夫婦、両親と子供たち、男女の友達、教師と生徒、保健関係者と患者、さらに宗教指導者と信者の間に存在するのです」
「これがどうして存在するかというと、私たちの間でエイズとそれに関する問題を認めのを互いに嫌がっているからです。若い世代に向けた性教育、成長に伴って起きる危険性への教育を躊躇(ちゅうちょ)しているからです。そして、(患者・感染者に向けられた)汚名の払しょくとエイズにまつわる差別除去に失敗したからです」
「第2の沈黙の壁は親しい関係の中に存在します。それは性行為であり、人間関係だったりします。この壁は、だれもが心の奥深くに持ち、秘されて、極めて個人的なものなのです。こうして隠されていることがエイズ蔓延の原因のひとつなのです」
この第2の沈黙の壁を打ち破るにあたって、アフリカの宗教指導者たちは影響力を及ぼせる立場にある。指導者たちはエイズにさいなまれ、貧困に苦しむ人々に信仰という生きる糧を与えることができる。アフリカ大陸の住民のうち実に85%以上が、宗教活動に積極的に関係しているからだ。
中でも宗教指導者たちに寄せられる信者からの信頼感は大きく、指導者の言葉が地方に住む数百万人の人々に様々な情報を与え、健康への注意を促している。宗教指導者たちはこの尊敬を受ける立場を活用し、政府や民間組織などが努力しても成果を挙げられなかったエイズの予防と撲滅に大きな役割を果たすことが可能だ。
「アフリカでは宗教指導者たちの影響力は計り知れません。指導者たちは住民社会に深く入りこみ、住民の精神的支えになるとともに、エイズ患者・感染者と子供たちへの奉仕活動に励んでいるからです」と説明するのは、今回の会議を主催した「アフリカの子供希望計画」のパット・ユーリー理事長だ。
▽宗派の壁越えた協調を訴え
また、ユニセフのベラミー事務局長は宗教指導者たちに対し、「あなた方は信者たちとの間で信頼できる人間関係を築き、自信を与えています。あなた方には精神的な影響力があります。そして今、あなた方はエイズ蔓延の最前線にいるのです」と呼び掛け、エイズ予防・撲滅への積極参加を訴えた。
ベラミー事務局長はさらに、「あなた方の同僚はこの大陸のどの都市、町、村、そして奥地にもいます。モスク(イスラム寺院)、寺院、教会で、そしてあなた方の下で働き、活動する人々、婦人団体、青年団などを通じて、この恐ろしい病・エイズの予防と撲滅に努めるよう呼び掛け、励ましてください。あなた方が持つ影響力は偉大です。それを効果的に使えば、エイズ蔓延の状態に変化をもたらします。今こそ皆さんの実行力が求められているのです」と懸命に訴え掛けた。
参加者たちは会議終幕にあたって、宣言および行動計画を採択した。宗教指導者たちはその中で、宗教界が今後、エイズに苦しむ子供の権利擁護と養育などに全力を挙げる決意を表明した。
エイズ問題の国連事務総長特別代表(アフリカ担当)のスティーブン・ルイス氏は、アフリカ大陸でのエイズ予防・撲滅に向けた宗教指導者たちの行動に期待を寄せ、さらに、「将来、エイズ蔓延の歴史が書かれることがあれば、その中では、宗教者たちが立ち上がってエイズ蔓延と戦い、流れを変えるきっかけをつくり、そして困窮した子供たちの救済に全力を挙げた、と記されてほしいことでしょう」と続けた。
ルイス氏は最後に、「あなた方がそれを実行してくれるのを大いに期待しています。それぞれに信じる神様があなた方の行動を見守ってくれるでしょう」と訴え、宗教指導者たちの奮起を促した。
【メモ】エイズとアフリカ
世界で最初のエイズ患者は1981年に米国で見つかり、その後、欧米諸国などで感染者・患者が急増した。エイズウイルスに感染してから10年前後で発病。リンパ球が破壊され、細菌やガンなどに対する抵抗力が著しく低下し、最後は感染症やガンで死亡する。2002年4月現在、世界のエイズ患者・感染者数は約4000万人で、うち約70%に当たる2800万人がアフリカに集中している。エイズ危機に直面しているアフリカの15カ国は2001年、患者にエイズ・ワクチンを提供するエイズ研究計画に調印するなど対策に着手した。しかし、アフリカ大陸では蔓延の勢いが衰えず、今年だけでも340万人が新たに感染し、230万人が死亡すると推定される。