【ねこまたぎ通信】

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 欧州軍事産業の危険な再編

欧州軍事産業の危険な再編

リュック・マンパーイ(Luc Manpaey)
エコノミスト、平和安保研究情報グループ研究員
訳・近藤功一
http://www.diplo.jp/articles06/0610-2.html


 これは大がかりな詐欺行為なのか、それとも投資活動なのか。冷戦の終焉で一息つけると安堵した欧米各国の政府は、軍備部門(無駄な軍事基地や供給過剰の兵器産業、等々)の大規模な転換・多角化プログラムを実施した。ヨーロッパでは、1991年から99年の間に、欧州委員会の主導で9億ユーロ以上の資金が投じられているが、この金額でさえ加盟国が支出を予定していた金額の50%にすぎない。各国ベースの支出を加えれば、「投資」された総額はほぼ20億ユーロに達する。

 納税者は、これで世界をより平和にできると信じていた。だが、市場論理によって、また弱肉強食のグローバリゼーションに付き物の危険によって(1)、「軍事治安産業システム」はかつてないほど拡大した。2000年12月に調印されたニース条約に欧州安全保障防衛政策(ESDP)が盛り込まれたのは、真の政治的意思からではなく、経済産業界の利害によるものだった。そうした利害は、以後の政策にも影響力を持ち続けることになる。
 1993年から、こうした流れを作りだしてきたのはアメリカである。レーガン政権時のような大盤振る舞いはできなくなったことを自覚した国防総省が強力に後押しした軍需産業集中化の動きは、株主と金融投資機関(投信ファンドや年金ファンド)の思いのままに進められた。1998年、ロッキード・マーティンによるノースロップ・グラマンの83億ドルでの買収計画に対し、司法省が否定的な見解を示すと、やや流れが変わるものの(2)、2001年以降、大企業同士の合併は再び活発になった。中でも大掛かりな例として、ノースロップ・グラマンは2002年にニューポート・ニューズ・シップビルディングを26億ドル、TRWを78億ドルで、L3コミュニケーションズは2005年にタイタンを26.5億ドルで、ゼネラル・ダイナミクスは2006年にアンテオンを22億ドルで、それぞれ買収している。

 関連技術部門の全面的な掌握と、新たな市場参入の妨害が目指され、特定の企業による寡占状態が作りだされた。これらの企業は政府に対する影響力を増し、外交政策の軍事化を助長していった(3)。ニューエコノミーがもてはやされていた時期には顧みられなかった兵器産業は、投資家の信頼を徐々に取り戻した。1999年には防衛予算(特に1986年以降減少し続けていた装備調達費)が増額に転じ、軍需治安部門の株価は再び上昇基調となる。2000年春にナスダックで投機バブルが崩壊すると、この傾向はさらに強まった。機関投資家金利生活者、投機筋にさらなる商機をもたらしたのは、2001年9月11日のテロ事件である。ニューヨーク株式市場の再開初日となった9月17日、軍需治安部門の株価は15から30%の上昇を記録した。

 それから5年経った今日、同部門の主要57銘柄からなる株価指数、スペード・ディフェンス・インデックス(DXS)の強気相場が示しているとおり、投資家たちの熱狂が収まる気配はない。DXS指数の推移を見ると、金融市場は軍事力の行使を嫌気するとの新古典派経済学者の主張は明らかに誤りである。「平和の配当」は終わり、21世紀は「戦争の配当」をもって始まった。

 EU内部で軍事問題が急浮上したのは、共同体の構築を深めようとする意欲よりも、このように恐怖と金融市場の熱狂が入り混じった新しい環境によるものだった。1954年8月30日にフランスが条約批准を拒否したことで欧州防衛共同体(EDC)が頓挫して以降、1980年代に転換期を迎えるまで、防衛・兵器問題はヨーロッパ統合に関する議題から全面的にはずされていた。兵器の製造は、国家の安全保障と主権にかかわる大権事項として、ほとんどの諸国で国営の工場や企業に委ねられ、競争と政府調達に関するEU規制の適用を除外される特別な制度下に置かれていた。

大掛かりな転換
 時代は変化した。1990年代半ば、EU諸国の政府は軍事企業の統合を推進するようになる。つまり、「自国の大企業」という考えを捨て、アメリカの巨大グループと競合していくために兵器製造のヨーロッパ化を目指すようになった。この戦略を支えたのが、民営化政策と市場重視である。
 そして軍事産業の競争力、市場の開放、兵器輸出の推進という3つの目的が定められた。実際には、これらの目的は新しい株主の利益に合致しており、軍事産業(とブリュッセルのロビー)の戦略の成果でもあった。「静かな強者」たる平和的なヨーロッパを望む輩に脅かされている利益を死守するという戦略である(4)。

 90年代にヨーロッパ内で起きた国際機構上の変化には、この流れが如実に表れている。すでに1997年という時期に、EUの軍事機構である西欧同盟(WEU)により、軍備部門の政府間協力機関として、西欧軍備グループ(WEAG)が創設されている。19カ国(ヨーロッパ内のNATO16カ国とオーストリアフィンランドスウェーデン)の非公式グループであるWEAGの目的は、防衛部門の国内市場を他のヨーロッパ諸国に開放し、EUの防衛産業・技術基盤を強化していくことにある。

 兵器産業のヨーロッパ規模の競争市場を作りだすために様々な取り組みがなされ、ついには2004年7月12日の欧州防衛庁EDA)の創設にいたった。2005年11月21日には諸国の国防大臣によって、法的拘束力はないものの、兵器市場の自由化を目指すための行動規範(5)が採択されている(6)。

 EU加盟国がヨーロッパ兵器市場において、数十年にわたる国内市場保護政策の廃止を決意したのは、軍需産業界からの圧力によるものであり、信念よりも諦めが先に立っていた。こうした企業・集中民営化の結果は強烈であり、世界十大メーカーの中に3つのヨーロッパの企業グループ、BAEシステムズ(本社イギリス)、欧州航空防衛宇宙会社(EADS、本社オランダ)、そしてタレス(フランス)が連なるようになった。

 アメリカ勢はすべて上場企業であり、そのほとんどが機関投資家に支配されている(金融機関、年金ファンド、投信ファンドが資本の70%から100%を保持している)。それに対してヨーロッパ企業では、資本関係が複雑に入り組み、合弁や提携などが多く、誰が何を支配しているのか非常にわかりにくい。

 政府の大幅な撤退という動きが引き起こしたのは、約40%の雇用喪失である。ヨーロッパの二大兵器生産国であるフランスとイギリスだけで、1991年から2000年までに20万人の雇用が失われた。それでも産業金融界はリストラがまだ終わっていないと考えており、政府の影を完全に消したいといらだちを隠さない。

企業が安全保障防衛政策を牽引する構図の出現
 世界最大のコンサルティング事務所のひとつであるアーンスト・アンド・ヤングのアナリストは、2002年に出した短い報告書の中で、クライアント(つまり政府)ではなく兵器企業グループの株主こそが、「経営と戦略の最終的裁定者」となるべきだと繰り返し強調している(7)。投資家が経営陣を判断する際の基準は、その企業の成長と全体的な業績であって、「特定の国の政府や諸国の連合体の利益に適合することではない」。したがって、企業は「魅力的な収益をもたらすオファー」でないかぎり、自国の国防省との契約に乗るべきではない。この報告書によれば、ヨーロッパの兵器産業は、ヨーロッパへの伝統的、地域的なこだわりを失うべきではないが、最も高い成長を見込める場所、つまりアメリカで発展を図らなければならない。
 しかし産業金融界で大勢を占めるこうした意見は、アメリカの機関投資家や企業への大幅な所有権移転に対して公に懸念を表明してきた諸国政府の立場と、相反することにならないだろうか。ゼネラル・ダイナミクスが2003年に買収したオーストリアのシュタイアー・ダイムラー・プフ、2001年に買収したスペインのサンタ・バルバラは、ヨーロッパの陸戦兵器企業の大手である。カーライル・グループはイタリア企業フィアットヴィオの買収を実施し、2003年にイギリス企業キネティックの30%を取得、コールバーグ・クラヴィス・ロバーツはドイツ企業MTUの航空エンジン部門を取得している。アメリカ企業の攻勢は明らかであり、買収企業のリストはさらに増えるかもしれない。

 ヨーロッパの兵器企業の資本構成を守り固める戦略が、株主たる諸国の政府によって準備されるべき時である。一定の割合を超えた外資の参加には、政府の同意を必要とするという規制を設けるべきだろう(8)。民営化が強力に進められているとはいえ、政府の影響力は、特に陸戦兵器と造船の分野において、堅持していかなければならない。

 しかしながら、1990年代の転換期以降の国家と金融資本との力関係を見ると、そうした保護政策はほとんどとられていない。金融界の支配下に置かれ、収益性を求める株主の圧力の下、兵器企業がEUの安全保障防衛政策を牽引するようになっているのだ。EU兵器産業をめぐる異様な状況は、アメリカの経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスの言う「逆ルート」の出現そのものである。古典的なルートでは、消費者から市場へ、そして市場から生産者へという順序が想定されているのに対し、逆ルートでは「生産企業がその市場の支配をめざして進み、さらには、外面上それが奉仕する人々の市場行動を管理し、社会通念を形作るまでに至るのだ(9)」

 こうした構図は、ヨーロッパの軍事化を促し、欧州憲法条約で規定されたような各国の軍事費の増額を引き起こしている(10)。短期的な利益を追求する金融の論理に歪められた安全保障防衛政策を進めたところで、EUの政治的な存在感が増すことにはならないだろう。それどころか、EUの弱体化を導くようなことになりかねない。

(1) See Claude Serfati, Imperialisme et militarisme : l'actualite du XXIeme siecle, Page deux, coll. << Cahiers libres >>, Lausanne, 2004.
(2) 1998年、アメリカ政府は反トラスト法に基づいて両社の合併に拒否権を行使した。
(3) See also Luc Mampaey and Claude Serfati, << Les groupes de l'armement et les marches financiers : vers une convention "guerre sans limites" ? >> , in Francois Chesnais (ed.), La Finance mondialisee, La Decouverte, Paris, 2004.
(4) Bernard Adam, << La force par le droit >>, Enjeux Internationaux, no.12, << L'Europe, "puissance tranquille" ? >>, Paris, April 2006.
(5) See Luc Mampaey, << L'Union europeenne adopte un Code de conduite pour liberaliser le marche de l'armement >>, note d'analyse du GRIP, 28 November 2005, http://www.grip.org/bdg/g0999.html
(6) ヨーロッパ諸国の政府は、主要兵器生産国(特にイギリスとフランス)の政府が推進した行動規範を採択することにより、この戦略部門に口を出してくるおそれがあった欧州委員会から、主導権を取り返した。See Green paper - Defence procurement, European Commission, COM (2004) 608 final, 23 September 2004.
(7) Ernst & Young, << Europe's aerospace and defence sector : An Industry at the crossroads >>, September 2002.
(8) 特に、ベルナール・ドフレセル議員とジャン・ミシェル議員がフランス国民議会に提出した2005年3月23日付の調査報告書2202号を参照。
(9) ガルブレイス『新しい産業国家』(都留重人監訳、河出書房新社、1968年)。[ただし「逆ルート」は仏文による:訳註]
(10) See Luc Mampaey, << Champ libre a la militarisation de l'Europe. Regard critique sur la "Constitution" et l'Agence europeenne de defense >>, note d'analyse du GRIP, 13 June 2005, http://www.grip.org/bdg/g1046.html