【ねこまたぎ通信】

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イラク邦人人質の遠因? 米国の“ポカ” “逆ギレ”二正面作戦

 「アメリカは壊れた」。中東研究者の間で、米国の思考停止を疑う見方が出てきた。イラクの邦人人質事件に衆目が集まるが、引き金となったのは反米闘争の激化だ。米軍は今月に入り、シーア、スンニ両派の抵抗勢力と二正面で戦闘を構えた。根本にはサダム体制後の道筋を示す「方程式」が解けないという現実がある。人質事件の底流を探った。 (田原拓治)
 「(米政権内の)だれのポカなのか」。国際政治学者の松永泰行氏が首をひねる。「米国は間抜けすぎてイラクで勝てない」。エジプトのイスラム主義者、ムンタセル・ザイヤート弁護士はこう酷評した。
 今月に入り一週間でスンニ派住民ら六百人が死亡したイラク中部ファルージャと、ムクタダ・サドル師一派を中心にイラク南部に広がった反米闘争。双方ともに米国側の「ポカ」が原因だったという経緯が浮かび上がる。
■スンニ・シーア両派逆なで

 アラブ各紙が「マズバハ(虐殺)」と称したファルージャの場合、ことの発端は昨年四月末の米軍と住民のトラブルにさかのぼる。
 イラク戦争中、米軍は駐屯地として同地の小学校を占拠していた。だが、戦闘の下火に伴い住民側は授業再開のため、施設を返還するよう平和的に要請。この過程で米軍が無差別に発砲し十五人以上が死亡した。
 ファルージャは旧政権時代、部族の違いから出身軍人らが旧政権に反発したため、弾圧を受け、スンニ派地域でも「反フセイン」の機運が濃い地域だった。
 しかし、この事件により住民らの間で反米感情が高まり、それは隣接するラマディにも波及。十月には地元警察署への爆弾テロの直後、再び米軍が住民に乱射し、七人が殺された。この間、イスラム急進主義者が同地に流入してきた。

■米雇い兵4人虐殺きっかけ

 三月には地元イスラム聖職者が武力衝突を抑えるべく住民らに説得を始めていた。が、二月にアビザイド米中央軍司令官一行が同地を通過中、襲撃された事件を重くみた米軍はイスラム寺院を急襲し、抑制のチャンスをつぶしてしまった。
 三月三十一日に、米の民間軍事会社員(雇い兵)四人が殺害され、遺体が橋につるされた事件で米軍は「逆ギレ」する。礼拝中の寺院への爆撃などで、占領当局が指名した市評議会議長ですら「米国の行動はすべての住民に報復心をたきつけている」と辞任した。
 一方、シーア派への対応はどうか。当初から反米を掲げたサドル師一派の突出と報じられがちだが、実相はたまりにたまった住民の不満がサドル師を通じて噴き出したという形に近い。
 シーア派は同派最大の宗教行事「アシューラ」での爆弾テロ(三月二日、百四十人以上死亡)など、たび重なる襲撃にも自制を続けてきた。多数派であり、選挙になれば主導権がとれるとの読みからだ。その自制が揺れたのは占領当局の意向を受けた三月八日署名の「イラク基本法」だった。
 「自制には当然(米国から)ごほうびがあると信じていた」(カルバラのシーア派記者)が、基本法は(1)イスラム法を将来の法制定の主要な基盤としない(2)人口の二割に満たないクルド人に拒否権を認め事実上、連邦制につながる自治を認める−という同派の要望を無視した内容だった。

■『サダム後』甘い読み

 特に連邦制については周辺諸国からも「サウジアラビア、トルコ、シリア、イランを巻き込んだ紛争の火種になりかねない」(サウジのサウド外相)と懸念が強い。さらにクルド系政治組織は旧政権時代から「敵の敵は味方」の論理で、イラク国民の大半が敵視するイスラエルとも関係を持つ。国民は米国の「クルドびいき」の理由をそこにみた。
 基本法に対し、穏健派の精神的指導者シスタニ師ですら「基本法は永久憲法制定の障害」「暫定統治期間中のどんな法律も選挙で選ばれた国民議会が承認しない限り、正当性はない」と不満を隠さなかった。
 シスタニ師の発言は同派民衆の「ガス抜き」を意図したともみられたが、その意図が読めない占領当局は逆に三月二十八日、サドル派の機関紙「アルハウザ」を発禁にするなど挑発行為の愚を犯した。
 同派の最大党派「イラクイスラム革命最高評議会(SCIRI)」などは旧政権時代に亡命し、米国と「貸し借り」の関係があるが、国内にとどまったサドル師派に縛りはない。
 若いサドル師個人への評価の低さを超え、その抵抗がシーア派民衆に共感をもたらしたのは、ライバル組織のSCIRIが仕切る南部バスラの庁舎をサドル師派に占拠させたり、当初は「頭を冷やせ」と語ったシスタニ師が今月七日には一転、「デモ隊の主張に正当性がある」「占領軍の行動を非難する」と主張を変えたことからも明らかだ。
 にもかかわらず、駐留米軍のサンチェス司令官は「サドルを打倒するためにはどこでも、必要なあらゆることをする」と力んだ。シーア派民衆の憤りへの無理解が如実に表れている。
 米軍の「ファルージャ」「サドル師派」への二正面攻撃は米国には不幸な副産物を生んでいる。九日付の英紙「ガーディアン」は「ファルージャへは首都の穏健派市民からも支援が寄せられている」と報じた。七日付の「イスラムオンライン」は今月五日、首都のスンニ派地区アルアーザミーヤでサドル師派とスンニ派抵抗勢力が全国でも初めての両派の共同作戦を展開した、と伝えた。
 「雇い兵」四人の殺害事件直後に出た声明は「事件はファルージャ住民から(先月二十二日に)シオニストユダヤ民族主義者)に暗殺された(パレスチナハマスの精神的指導者)アハマド・ヤシン師の家族とパレスチナ住民への贈り物」と記されており、素朴な
抵抗が反米・反イスラエルの政治性を帯びてきた様相を物語っている。

■「主権移譲構想再検討の時期」

 米国はイラク戦争前夜、ポスト・サダム体制について、かつてイラクで王制を敷き、ヨルダンの王族でもあるハシミテ家から統治者を招くというネオコン新保守主義派)の構想で夢を描いたが、いまや「主権移譲プログラムを再検討する時期を迎えた」(共和党のリチャード・ルーガー上院外交委員会委員長)という事態に陥っている。

ベトナムの教訓生かせず

 父ブッシュ政権で安全保障担当大統領補佐官を務めた重鎮、ブレント・スコウクラフト氏は二月末、ポルトガル紙「エスプレッソ」に「そもそも複雑な民族や宗教構造を持つイラクに安易に民主主義を根付かせるというネオコンの発想自体が無謀」と語り、「イラク戦争ベトナム戦争より悪い結果を招きかねない」と懸念を示している。
 一九六〇年代、米国のケネディ、ジョンソン両政権の国防長官を務めたロバート・マクナマラ氏は九五年に出版された「回顧録」の中で「われわれは自らの信念と価値観のために闘い死ぬことを恐れない(ベトナム人民の)ナショナリズムの力を過小評価していた」と振り返った。
 貴重な教訓は学習されないまま、歴史は繰り返されようとしている。

東京新聞