【ねこまたぎ通信】

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人身売買 現代ニッポンで横行

 「人身売買」。いつの時代の、どこの国の話かと思ってしまいがちだ。外国人女性が日本の性風俗産業などに売られてくる「人身売買」をなくそうと、民間シェルター(避難所)関係者らが人身売買禁止法などの制定を求めて動き始めた。国や世論の無関心に一石を投じる願いも込められているという。 (早川由紀美)
■民間救済団体訴え■

 その男は、コロンビア女性たちから、「ソニー」と呼ばれていた。

 「コロンビア人女性を連れてきて、成田空港に着いたときにパスポートと書類を取り上げ、監禁した上で裸の写真を彼が撮る。ビデオ、写真両方です。そのときにソニー製品を使っていた。そうやって、彼が日本国内に連れ込んだ女性は四百人に及ぶ」。コロンビア大使館のフランシスコ・シエラ駐日大使は憤る。

 ソニーこと萩原孝一服役囚(31)=懲役一年十月=は昨年十二月、山梨県石和町のストリップ劇場などにコロンビア女性をあっせんしていたとして入管法違反、職業安定法違反容疑で逮捕された。

 きっかけとなったのは、コロンビア大使館などに逃げ込んだ何十人もの女性たちの証言だった。

 「逃げてきた女性の口からは、いつもソニーの名前が出ていた。当事者は母国に残した家族に被害が及ぶのを恐れ、多くが証言したがらない。証言してもいいという当事者が現れたため、一昨年秋、警視庁に摘発を要請する要望書を出しました」

 外国人女性のための民間シェルター「HELP」の大津恵子ディレクターは説明する。

 ■ごみ捨ての時に客の車で脱出も

 一九九五年ごろから、HELPやコロンビア大使館などに助けを求めるコロンビア人女性が増え始めた。中には、殴られて歯を折った人もいる。ごみ捨ての時しか外出できないため、売春の客だった男性にごみ置き場まで車で迎えに来てもらい、脱出したケースもあったという。

 女性たちは、ベビーシッターやエステティシャンなどの仕事と偽って集められる。複数のブローカーを経て日本に到着する時点では、渡航費や仲介手数料の名目で五百万−六百万円の借金を課せられる。九九年にもHELPでは要望書を出し、日本側ブローカーのトップらの一斉摘発があった。このときに罰金刑だったソニーが、仕事を引き継ぐ格好となった。

 「昨年九月、内閣府で人身売買についての勉強会があり、タイやコロンビアの大使館、警察庁、法務省の関係者などが集まった。コロンビア大使館のソーシャルワーカーが厚さ数十センチに及ぶ、女性たちからの聞き取り結果のファイルを持ち込んで、被害の実態を訴えた」(大津さん)。ここでも、女性たちの具体的な証言をもとに、ソニーの名前を出したという。公判では「ストリップのステージがないときにも売春のために楽屋に待機しなければならなかった。売春の部屋は『プライベート』と呼ばれた」「ソニーは怖い人なので、言うことを聞かざるを得なかった」などの証言が、検察側から明らかになった。本番込みの出演料十日間十五万円のうち、十一万円を借金返済の名目でピンハネされた女性もいた。

 昨年のソニーの収入は、逮捕されるまでに三千百五十五万円に上った。それでも「女性から金を借りたり、持ち逃げする人より自分は信頼されてきた」などと悪徳ブローカーではないことを強調し、検察側が「それで三千万円ももうけるのは搾取だろう」と応酬する一幕もあった。

 三月に下された懲役一年十月という判決について、大津さんは軽いと感じている。「米国などではブローカーは二十年、三十年の罪になる。問題なのは、海外から日本に売られてくる形の人身売買を、罰する法律がないことだ」

 日本では、日本から国外に移送することを目的として人を売買することを禁止した「国外移送目的略取等罪」はある。明治時代に海外の娼館などに売られた「からゆきさん」の保護を念頭に作られた法律だ。これに対し、国外から日本国内への移送を対象にした人身売買に関する法律はない。

 「売春防止法」で取り締まるとしても、外国人女性は保護されるどころか加害者にされるケースが多い。「警察関係者は『現場を押さえなければ難しい』としており、あっせんした側に対する『売春助長行為』は適用されにくく、公然勧誘容疑で女性だけが逮捕されているのが実情だ」(HELP関係者)という。

 ■米では法改正で終身刑も可能に

 米国では「人身売買被害者保護の法律」が二〇〇〇年十月に施行され、人身売買の被害者は将来永住権の取得可能なビザの申請ができ、社会保障も受けられるようになった。同時に刑法も改正され、「債務奴隷」などの加害者は懲役十年を二十年に延長、終身刑も可能になった。

 今年五月、日本でも外国人労働者支援にあたるNGO(非政府組織)など約八十団体が「人身売買禁止を求める全国ネットワーク」をつくった。人身売買防止と被害者保護の両面からの国内法改正を目指す。今後、人身売買の実態の調査や国、国会議員への働きかけを始める。

 外国人のDV(家庭内暴力)被害などの電話相談にあたっている京都YWCAの森田紀子さんは「新しい法律を作るなら、今しかない」と言う。日本政府は国連国際組織犯罪防止条約を補則する「人身取引防止」のための議定書などに昨年十二月、署名した。

 「ただ、保護の担い手となる行政の意識変革も必要だ。外国人女性が人身売買の被害者だという認識はなく、法を犯し、日本の性風俗を乱す存在としてしかとらえていない」

 HELPの大津さんも言う。「人身売買に関する法制定を求めるのは、日本人に人身売買が国内で存在していることを伝えたい思いもある。内閣府の調査会で取り上げようとしたときも『人身売買は周知されていない』と難色を示す声があったと聞きます。『好きで来ているのだから人身売買ではない』という人も多い」

 続けて、こう強調する。「英国人のルーシー・ブラックマンさんが失跡したときにはHELPも多数の取材を受けた。先進国の白人ならメディア受けするが、アジアなどから来た人の置かれた状況や心情はなかなか明るみに出ない」

 「ソニー」逮捕後、女性たちは、コロンビア大使館に相談に訪れたり、帰国することが容易になったという。それでもシエラ大使は「状況は少ししか改善されていない。私たちは悲観的な気持ちだ」と言う。「人身売買を処罰する新しい法律がなければ、第二、第三のソニーは現れる」

東京新聞