【ねこまたぎ通信】

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イラク戦争:古代文明育てた湿原地帯が消滅の危機

貴重な鳥類などへの被害も拡大

国連機関などが緊急対策を呼び掛け

追い打ちかけるイラク戦争

02/04/2003

 米英両軍などによるイラク戦争は、帰すうを占う上で重要な首都バグダッド攻防戦に移っている中、イラク市民への被害と並んで深刻な懸念を持たれているのが、戦闘や爆撃などがイラク領内の広大な湿原地帯や鳥類などへ与える影響だ。国連機関や野生動物保護団体は、古代文明の繁栄を支えた湿原地帯が既にほとんど消滅し、鳥類への被害も深刻化していると警告、イラク戦争の早期終結および終戦後の緊急対策を大々的に講じるよう呼び掛けている。
 【メキシコ市IPS(マリア・アンパロ・サッソ記者)】米英両軍などがイラク領内で連日激しい攻撃を続ける中、戦いの行方とは別に、このイラク戦争がもうひとつ持つ「負の側面」を懸念する人々がいる。世界の環境保護関係者たちだ。イラク領内、特に南部に広がる湿原地帯は、古代メソポタミア文明を支え、聖書の「エデンの園」の舞台にもなった所。その一帯が今、これまでの戦争や、環境への配慮を欠いた治水事業などにより影響を受け、さらに今回のイラク戦争でも甚大な被害を受けようとしているからだ。

 イラク領内に広がる湿原地帯は何百万羽にも上る野生鳥類の生息地であり、中東地域とり最も貴重な自然環境地域となっている。同地域は何世紀にもわたって、ここに住む人々に水資源と豊かな土地を与え続けてきた。

▽91年の悲劇を繰り返すな

 「1991年の第1次湾岸戦争の悲劇が今回の戦争で繰り返されないよう願う」と懸念するのは鳥類学者のマイク・エバンズ氏。同氏によると、91年戦争ではイラク軍に放火された油井の影響を受けて、何千羽にも上る水鳥が死んだ。流れ出た原油で体を真っ黒にされたカイツブリの写真は、見る者の胸を締めつけた。

 今回の戦争では、こうした場面は起きる可能性は低いと見られるが、軍事専門家たちは「戦争はまだ始まったばかり」とし、今後どのような事態が発生するかを注視する必要があるとしている。

 しかし、古代メソポタミア、シュメール文明の繁栄を支えたイラク領内のこうした湿原地帯が今、イラク戦争だけでなく治水事業などの影響で大きな被害を受けている。チグリス、ユーフラテス両川沿いに広がる一帯が現在、イラク、トルコ、シリアそしてイランの生活基盤を支えている。

▽軍事行動が環境を破壊

 ところが、イラン国境に隣接して広がるイラク南部の湿原地帯やバスラといった大都市近郊地帯が今、米英両軍などによる激しい爆撃により、危機的状態に陥っている。イラク戦争開始直後、何個所かの油井に火が放たれたが、これは幸い既に消し止められ、大きな被害は出ないで済んだ。

 しかし、イラク領内には1600個所以上の油井があり、これらに火が放たれる可能性はまだ去っていない。また、大量破壊兵器や通常兵器の使用、砂漠地帯を走りまわる軍用車両、そして難民たちの大量移動が環境に与える影響を懸念する声も高まっている。

▽湿原の93%が消滅

 イラク領内の湿原地帯は既に大きな被害を受けているだけに、今回の戦争がこれに追い打ちをかけると懸念される。広大な湿原地帯は、治水事業をはじめとするこれまでの様々な人間の行為に痛めつけられ、現在残っている湿原地帯は約2万平方キロにすぎない。

 2002年、国連環境計画(UNEP)の専門家がイラン国境沿いの一帯を調査した。この一帯にはかつて、何百万羽という珍しい渡り鳥が群れていたが、そこで専門家が目にしたのは砂漠化し、住む者もなく、軍事要塞化された光景だった。UNEP報告によると、このメソポタミア文化を育てた貴重な湿原地帯は1970年以降で、全体の93%が失われてしまったという。

 現地を訪れた専門家は「何千年もの時間を掛けて形成されてきた生態系が、これほど短時間のうちに破壊されてしまったのは極めて残念だ」と落胆を隠さない。

▽環境破壊進めるダム建設

 このように破壊が短時間のうちに進んだのは、第1にイラクおよびその周辺諸国がダムの建設をはじめ、河流域で治水・かんがい事業を相次いで行ったのが原因だ。トルコはこの間に、30に上るダムを建設した。

 それに加え、同一帯で間断なく起きた戦争にも原因がある。1980−88年にはイラン・イラク戦争、1991年には第1次湾岸戦争、そして今回は米英両軍などによるイラク戦争が起きている。先住民ら約50万人が暮らし、貴重な植物や鳥類が生息していた湿原地帯には地雷が埋め込まれた。鳥類の中には既に絶滅した種も出ている。

▽5年以内に全滅の可能性も

 このためUNEPは今直ぐに保存・保護対策に取り掛からなければ、メソポタミアの湿原地帯は5年以内に完全消滅するだろう、と警告している。

 ワシントンに本部を置く「世界資源研究所」のジョナサン・ラッシュ氏は「中東地域では原油よりも水のほうがずっと貴重なのだ」と指摘する。同湿原地帯はつい最近まで、淡水魚資源の宝庫とされ、イラクの淡水魚市場の60%は同湿原地帯からの水揚げで占められていた。湾岸戦争後に実施された国連経済制裁下、イラク国民にとって貴重なタンパク源となっているアヒルやカモもこの湿原地帯から出荷されていた。

 湿原地帯はまた、ペルシャ湾に注ぐチグリス、ユーフラテス両川の水の浄化役も果たしていた。湿原地帯の消失は気象変動をもたらし、約400種もいる鳥類の生息環境を脅かしている。世界的にみれば、絶滅はしていないが、3種類の貴重な鳥がこの湿原地帯から姿を消してしまった。

▽姿を消したオアシス

 鳥類学者のエバンズ氏は「絶滅の危機に瀕している種類がまだあり、中でも水鳥への危険が差し迫っている。陸上に生息する鳥類と異なり、化学物質や原油が流失した場合、水鳥が真っ先に被害を受けるからだ。被害を防ぐには、イラク領土の8%を鳥類保護区に直ちに指定する必要がある」と説明している。

 湿原地帯の破壊により、5000年にもわたって先住民を支えてきたオアシスも消えてなくなった。先住民たちは砲弾が飛び交う湿地帯から逃れ、避難民となっている。湿原地帯では1991―93年の間に、湿原地帯では9万人の住民が家を捨て、避難民となったが、そのうち4万人が先住民たちで、今も厳しいキャンプ生活を強いられている。

▽復元に必要な関係諸国間の協力

 UNEPによると、現在のイラク戦争の有無にかかわらず、湿原地帯を復元させるにはイラクとイランの両国内にある水源からの放流がどうしても必要だという。しかし、湿原地帯復元に不可欠な関係4カ国(イラク、イラン、シリア、トルコ)の共同による水源管理は進んでいない。これに加え、イラクは湿原調査隊の入国を認めておらず、湿原地帯の実態調査は衛星からの情報に頼っているのが現状だ。

 UNEPは今回の戦争が終結すれば、直ちに環境調査を実施したいとしているが、関係諸国がこれを戦後の最優先協議事項にするとは思えない。ラッシュ氏は「米国の援助局や国務省には環境問題に関心を持つ職員たちもいるが、同問題を最優先することはないだろう」と悲観的な見解を示している。