【ねこまたぎ通信】

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機密文書「地位協定の考え方」その4−2

六 被告人の保護

1 被告人が「この条の規定に従って」日米いずれかの当局により裁判を受けた場合において、無罪の判決を受けたとき、又は有罪の判決を受けて服役しているとき、服役したとき、若しくは赦免されたときは、他方の側の当局は、「日本国の領域内において」同一の犯罪について重ねてその者を裁判してはならない。ただし、この項の規定は、米軍当局が軍人を、その者が日本側当局により裁判を受けた犯罪を構成した作為又は不作為から生ずる軍紀違反について裁判することを妨げない(8項)。この規定は、日米間での一事不再理を定めたものである。これは、「この条(即ち第十七条)の規定に従って」行われた裁判についての一事不再理であるから、日本側に第一次裁判権がある事件で、日本側がその放棄もせず又その不行使の通知もしていないのに米軍当局が先に勝手に裁判してしまった場合(又はその逆)には該当しないと解される(昭和四二年十月三日日本の最高裁判例。ナト協定関係国においても同様に解されている模様。)。この規定により、米軍当局により裁判された者については、わが国刑法第五条(「外国ニ於テ確定裁判ヲ受ケタル者ト雖モ同一行為ニ付キ更ニ処罰スルコトヲ妨ケス」)の規定は、排除されることになる。なお、協定の右規定は、「日本国の領域内において」の一事不再理を定めるものであるので、日本側による裁判後(例えば無罪の場合)、米軍当局がその者を日本国外に連れ出した上裁判に付することはわが方の関知するところではない。
2 米軍人・軍属及びその家族は、日本側の裁判権に基づいて公訴を提起された場合には、いつでも、次の権利を有する(9項)。
(a)迅速な裁判を受ける権利
(b)公判前に自己に対する具体的な訴因の通知を受ける権利
(c)証人対決権
(d)強制的手続により証人を求める権利(証人が日本の管轄内にあるとき)
(e)弁護人選択権又は無償で(又は費用の補助を受けて)弁護人を持つ権利
(f)有能な通訳を用いる権利
(g)米政府代表者と連絡し、及び自己の裁判に立ち会わせる権利(注96)

(注96)この点との関連で、9項に関する合意議事録は、米軍人・軍属及びその家族で日本の権限の下に拘禁されているもの(従って、公訴提起以前も含まれる。)に米国当局が要請すれば接見する権利があること(第二項)及び9項(g)の規定は、公開裁判に関する日本の憲法の規定を害するものと解釈されないことを規定している(第三項)。なお、右の裁判の立ち会いとは、刑訴上何らかの身分を与えられるというものではなく単なる傍聴者である。
右合意議事録第1項は、第十七条9項の(a)から(e)までの権利は、日本の憲法の規定により日本の裁判を受けるすべての者に保障されている旨述べるとともに、米軍人等は、これらの権利のほか、日本の裁判を受けるすべての者に対して日本の法律で保障するその他の権利を有するとして、具体的にわが憲法第三十四条及び三十六条から三十九条までの権利の一部を列示している。右において、協定本文に掲げられる権利と議事録に掲げられるものとの法的な差は、前者については協定自身により保障されているが、後者は、日本の憲法が変われば(基本的人権なのでこれが変更されることは考えられないが)その限りにおいて変りうるということにある。尤も、前者の権利も憲法・法律の枠内のものであることは、合意議事録第1項の頭書きにあるとおりで、その権利の具体的実現の手続は、憲法・法律の定めるところによる。(注97)

(注97)以上の点については、昭和四二年日本の裁判所が米軍人を被告とする裁判で、所在不明の被害者(検事調書作成後行方不明)を証人として調べず、その検事調書を刑訴第三百二十一条1項2号(供述者が所在不明でもその者の書面で署名・押印のあるものは証拠としうる。)により証拠として有罪の判決をしたことに対し、米側が協定第十七条9項(c)(証人対決権)に反すると抗議越し、これに対し、わが方は、右証人対決権の具体的実現の態様は、わが国の憲法・法律(この場合刑訴)によるべき旨回答した経緯がある(いわゆるハロルド・タッカー事件。本件経緯は未公表)。

七 警察権(施設・区域内とその近傍)

1 米軍の正規に編成された部隊又は編成隊は、施設・区域において警察権を行う権利を有する。米軍隊の軍事警察は、施設・区域において秩序及び安全の維持を確保するためすべての適当な措置を執ることができる(10項(a))。この規定は、次の二つのことを意味する。

(1)施設・区域内において米軍当局は、通常すべての警察権を有する。従って、通常すべての逮捕は、米軍当局によって行われる(10項に関する合意議事録第1項前段第一文)。

(2)日本の警察権の施設・区域内における行使は、原則として行ないえない。従って、日本側の裁判権にしか服さない者の逮捕でも施設・区域内においては米軍当局が行ない、その身柄は、日本側に引き渡される(同合意議事録第1項中段)。(刑事特別法第十条1項は、右規定を受けて、右の如き逮捕は、米軍の同意を得て行うか又は米軍に嘱託して行なうべき旨定めている。)

2 尤も施設・区域内における右の如き米軍警察権は、属地的に排他的な特権ではない。もし、施設・区域内における米軍警察権の内容が、施設・区域外における日本の警察権のそれのように完全なものであり、かつ、施設・区域内においては、その場所が施設・区域内であるという理由で、すべての者に対して米軍のみが警察権を有し、日本の警察権が排除されるというのであれば、そのような米軍警察権は属地的に排他的な特権というべきであり、施設・区域内に、わが国の統治権の一部が属地的に及ばない場合といわざるを得ない。
しかしながら、施設・区域内の米軍警察権の内容は、施設・区域外における日本の警察権のそれのように完全なものではない。すなわち、右の米軍警察権には米軍人等に対する関係では司法警察作用を含むすべての警察作用を含むが、右以外の者(日本人等)に対する関係では、少くとも司法警察作用を含まない(このことは、米軍警察権が属人的なものであることのあらわれであるといえよう。なお、かかる米軍警察の行為に対して日本人が反抗することは、日本法令上の公務執行妨害罪とならない。また、逮捕も、刑事手続としての逮捕でなく、実際上とり押さえるという意味と解釈すべきであろう)。
一方、日本の警察権は、これを施設・区域内において行使するに当っては、重大な罪を犯した現行犯人を追跡逮捕する場合(後述)を除き、米軍当局の同意を必要とするが、同意があれば、米軍人等に対しても、その他の者に対しても、発動し得るのであり、その場合には、わが国の法令によって与えられている権限をわが国の法令に従って行使するのであるから、施設・区域内においても、日本の警察権はその権限そのものが制限されているわけではなく、その行使の仕方が制約されているに過ぎない。換言すれば、属地的に権限そのものが制限されているのではなく、権限はあるが、これを現実に行使するに当っては、重大犯人追跡逮捕の場合を除き、管理者でありかつ限定的ではあるが警察権を有している米軍当局の意向を尊重して、その同意を求めるという手続を経た上で行使することとしているに過ぎないのである(右の同意は、それまで無かった権限を与えるものではなく、本来存する権限の行使につき必要とされる一つの条件と考えるべきである)
しかも、重大な罪の現行犯人を追跡して逮捕する場合は、施設・区域内においても、無条件にこれを行うことが協定上できるのであり(注98)、その場合には、通常の場合と同様わが国の法令に基づく権限をわが国の法令に従って行使するのである(これは、施設・区域内にも、日本の警察権が本来的に及んでいることのあらわれといえる)。

(注98)右合意議事録第1項前段第二文。なお、刑事特別法第十条2項は、この規定を受けて死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる罪に係る現行犯人を追跡して施設・区域内において逮捕する場合には、米軍の同意を得ることを要しない旨定めている。
以上のように、日本の警察権は、施設・区域内にも本来及んでおり、属地的にその権限そのものが制限されているわけではない。従って、特別の場合(重大な罪の現行犯人追跡の場合)には米軍当局の意思に拘わらずこれを行使し得るのであるが、その他の場合は、わが国が米軍に対し施設・区域の使用を認めている関係上、そのいわゆる管理権を尊重し、わが国の強制的権限を無条件に行使することを差控えることとしているのである。このことは、一国の軍隊が他国に駐留する場合、その軍隊に使用が許されている施設・区域には、被駐留国の官憲は、軍当局の同意がない限り原則として立ち入るべきではないとする国際法上の原則に基づくもので、ナト協定の下でも同様に考えられており、国際法的には当然のことといえるのであり、なんら不当とするに当らない。

3 米軍事警察は、施設・区域内で秩序及び安全の維持のため「すべての適当な措置」を執りうるとされているが、具体的に例えば催涙ガスの使用も認められるかという点が問題になったことがある。この点については、「すべての適当な措置」とは、通常の場合には日本の警察官職務執行法程度の内容の範囲内の措置が考えられ、従って、秩序及び安全の維持を確保するため必要な場合には催涙ガスを含む武器の使用も(正当防衛等右法令で定めるが如き際には)認められてしかるべきであるとの政府答弁が行われている。(注99)

(注99)昭和四五年五月七日、衆・外議事録十六頁。

4 米軍当局は、施設・区域の「近傍」において、当該施設・区域の既遂又は未遂の現行犯にかかる者を法の正当な手続に従って捕逮できる。これらの者で日本側裁判権にしか服さないものは、すべて直ちに日本側当局へ引き渡される(右合意議事録第1項後段)。右において「近傍」とは、施設・区域の安全を害する犯罪の既遂又は未遂を行ないうる程度に当該施設・区域に近傍した場所を意味することになっている(合同委員会の右合意)。(なお、武器使用については、後述の施設・区域外の場合と同様に考えるべきであろう。)

5 日本側当局は、施設・区域内にあるすべての者・財産について、又所在地の如可を問わず米軍財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない(米軍の同意があれば勿論別である)。このような場合、日本側が希望すれば、米軍当局が右行為を行なう。これらの財産で米政府又はその附属機関(例えば第十五条機関)が所有又は利用する財産以外のものについて裁判が行われたときは、米側は、それらの財産を裁判に従って処理するため日本側当局に引き渡す(右合意議事録第2項)(注100)

(注100)なお、右合意議事録第1項前段第一文及び第2項では、「合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設及び区域」との表現が使用されているので、米軍が全く警備していない施設・区域では通常の逮捕・捜索等を日本側が行うことは排除されていないものと解される。

八 警察権(施設・区域外)

1 地位協定は、施設・区域外においても米側に軍事警察の使用を認めているが、かかる軍事警察の使用は、「必ず日本国の当局との取極に従うことを条件とし、かつ、日本国の当局と連絡して」なされるべきこと、並びに「合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため必要な範囲内」に限られるべきことが規定されている(10項(b))。施設・区域外の警察権は、米軍人等の逮捕等を含めすべて日本側が行うのが当然であるところ、この規定は施設・区域外の米軍人間の規律及び秩序の維持のためにはむしろ米軍警察を用いた方が実際的であるという点を考慮しつつ、他方では、かかる米軍警察の行動が日本側の警察権と衝突したり、日本の私人の権利等を侵害したりすることのないよう一定の条件を付することを目的としたものである。合同委同会の合意(「刑事裁判管轄権に関する事項」)には、右の条件につき詳細な規定を設けている。そのうちの主要点を次
に述べる。

(1)米軍人等の現行犯の逮捕

(2)所在地の如何を問わず軍用財産等の安全に対する罪に関する現行犯については、日本の警察機関の措置を求めるいとまがないときには、その軍用財産の周辺で令状なくして逮捕し、又は、かかる行為を制止することができる。この場合、日本刑法の正当防衛・緊急避難に該当する場合にのみ武器(従って、催涙ガスも含まれると解される。)を使用できる。(従って、この場合には、米軍警察権は、日本人にも及ぶことになるが、右の逮捕、制止は、正当防衛的な自衛行為であって、一般にも条理上認められているところであり、かつ、又、現行犯人は、わが国の刑訴上、一般私人でも逮捕しうるのであるから、米軍当局によるこれらの自衛的な措置は当然のことである。)

(3)重大な罪の米軍人等の現行犯人を追跡逮捕するため必要なときは、令状なくして、施設・区域外の住居等(従って、日本人の住居も含む。)に立ち入ることができる。

(4)米軍人等が専属的に占有する場所(Places occupied exlusively by)においては、米軍当局はいかなる事件についても捜索又は差押を行うことができる。

(5)第十七条10項(b)は、米軍人間の秩序・規律の維持について規定しているが、軍属・家族間の秩序・規律維持についても合同委員会の定める条件に従って、米軍当局が当ることができる。右のため、米軍当局は、駅、公衆の娯楽のための建物等公開された場所に立ち入ることができる。(以上のほか、米軍当局による米軍専用列車の警ら、米軍用機墜落の際の措置等が規定されている。)

2 なお、米軍当局による施設・区域外での警察権の行使が協定に違反する場合(乱用等)には、当然合同委員会等で抗議することとなる。かかる当局の要員の行為が犯罪を構成する場合には、第十七条の規定により処理される。なお、損害が発生した場合には、第十八条の規定により損害賠償が行われる。

九 その他

1 安保条約第五条の規定が適用される敵対行為が生じた場合には、日米いずれの政府も、他方に対して六十日前に予告を与えることによって、第十七条のいずれの規定の適用も停止させることができる。この権利が行使された時は、両政府は、適用を停止される規定に代わるべき適当な規定を合意するため直ちに協議しなければならない(11項)。安保条約第五条の発動される如き事態には、軍事裁判権、軍事警察権の拡大が必要となることが考えられるので、かかる点を念頭において規定したものと考えられる。

2 第十七条の規定は、地位協定の効力発生前に犯したいかなる罪にも適用しない。それらの事件に対しては、行政協定第十七条の当該時に存在した規定を適用する(12項)。当然の経過規定である。行政協定第十七条は、昭和二八年十月二九日改正され、改正後は、地位協定第十七条と実質的に同文であるので、その時以後の事件については右経過規定は意味がないが、改正以前(米軍当局は、米軍人等のすべての犯罪につき専属的裁判権を有していた。)のものについて理論的な意味があった。


〔第十八条〕

第十八条は、地位協定の運用に関連して生ずる請求権の処理につき定める。本条の規定も、第十七条の場合と同様、ナト協定の規定と実質的に同一である。なお、本条については、5項の規定(米軍の活動から生ずる私人の請求権の処理)が最も問題となる。

一 防衛隊の財産に対する損害

1 日米各国は、自国が所有し、かつ、自国の陸海空の「防衛隊」が使用する財産に対する損害については、次のa又はbの場合には、他方の国に対するすべての請求権を放棄する(1項前段)。

a損害が他方の国の防衛隊の構成員又は被用者によりその者の公務執行中に生じた場合
b損害が他方の国が所有する車両、船舶又は航空機でその防衛隊が使用するものの使用から生じた場合。ただし、損害を与えた右車両等が公用のため使用されていたとき、又は損害が公用のため使用されている財産に生じていたときに限る。

2 第十八条を通じて使用されている「防衛隊」とは、日本については自衛隊をいい、米国についてはその軍隊をいうものと解されている(11項)。

3 又、第十八条を通じて「公務中」であるか否かが問題となる規定があるが、日本側につき自衛隊の構成員又は被用者の公務とは、わが国内法令により与えられた任務を遂行するためこれらの者に命じられた職務をいう。米側についてはその軍隊の構成員又は被用者の公務は、第十七条における公務の意味(法令、規則、上官の命令又は軍慣習によって要求され又は権限付けられるすべての任務若しくは役務)と同様に考えてよいであろう。(注101)。

(注101)第十八条に相当するナト協定第八条の1項では、「北大西洋条約の運用と関連する任務の遂行中」云々と規定しているところ、これはナト諸国の場合は、ナトに供出された軍隊と然らざるものとがあるので、このように規定されたものと考えられるが、日米条約の場合は、米軍については、それが日本にあるのはとりもなおさず安保条約に基づくものであるが、日本側の場合には、これに対応する自衛隊の任務は安保条約に基づくものではないので「単に」公務としたものである。ただ、米側についても安保条約の実施に関連しての公務とは限定されていない結果、例えば、米軍による日本人の災害救助活動等は、他の要件を満せば、第十八条にいう公務と考えられる(この点は、第十七条の場合も同様。)。なお、公務中か否かの決定の問題については、8項に規定があるので後述する。

4 1項の規定は、2項との対比において、日本国内での財産の損害ばかりでなく、日本国外における場合にも適用されることは、文理上明らかである。(この点は、行政協定の第十八条2項が地位協定第十八条1項及び2項に該当する場合を併せて規定していた際に「日本国において所有する財産」としていたことからもいえる。)この点については「日本国における合衆国軍隊」の地位協定の趣旨に鑑みれば若干奇異であるが、他方、地位協定は安保条約の趣旨よりして日米の防衛隊が日本国外において共同で行動する場合等(公海上での共同演習等)をあらかじめ予想して右の如き規定振りをしたものと解されるので、右の文理解釈は妥当であると考えられる。(注102)

(注102)ナト協定も同様の規定振りをしているが、ナト条約自体が双務的であるので特に問題はない。

右の点については、昭和四七年八月、日米相互防衛援助協定の実施に関連する任務(具体的には本件援助により生産したミサイルの試験実施)により訪米中の自衛艦が米軍艦により衝突され破損するという事故があった際、米側は地位協定第十八条1項により処理すべく申し越した経緯がある。本件は、その後、両国の当局間で事実上処理されたが、本件は、右自衛艦の任務(広く解すれば安保条約との関係を考慮しうる)にも鑑み、米側提案通りに処理することも全く不可能ではなかったと考えられる(なお、本件経緯は未公表)。

5 海難救助についての一方の国の他方の国に対する請求権は、放棄される。ただし、救助された船舶又は積み荷が、一方の国が所有し、かつ、その防衛隊が公用のため使用しているものであった場合に限る(1項後段)。この規定は、海難救助の際の請求権の問題が個個の具体的場合に受けるべき報酬の額の決定等必ずしもその処理が容易ではないので、両国間の協力関係に鑑み、日米の国対国の問題である場合に限り(従って救助者が民間人の場合は本規定の枠外)これを相互に放棄することとしたものである。右規定の場合も日本国内における救助に限られない。なお、右請求権は、本来不法行為に基づき生ずるものではなく、従って、1項前段の請求権とその性格を異にするものであるが、一方の国の他方の国に対する請求権の放棄という点でその処理を同じくするものであるので便宜上1項の中に規定したものである。なお、又、右規定中、積み荷が公用のため使用中とは、現に積極的に公用に使用されていることを要するものではなく、防衛隊が使用するためであれば(例えば在日米軍の使用のため積載されていたジープ)足りると解される。

二 国有財産に対する損害

1 いずれか一方の国が所有する1項に規定される以外の財産で日本国内にあるものに対して1項に掲げるようにして損害が生じた場合には、両政府が別段の合意をしない限り、2項(b)の規定に従って選定される一人の仲裁人が、他方の国の責任の問題を決定し、及び損害の額を査定する。仲裁人は、又、同一の事件から生ずる反対の請求を裁定する(2項(a))。この項が対象とする国有財産が日本国外において損害を受けたとき(例えば、日本の公有船舶が公海上で米艦船に衝突された場合)には、この項の適用はなく、一般国際法によって処理されることとなる。他方、右の如き事故が日本の領海内で起った場合には本項によることは、5項(g)の規定振りからして明らかである(この点後述)。両政府の別段の合意としていかなるものが考えられるかは、必ずしも明らかではない。2項(b)以下の規定によらないことも合意できようが、いずれにしろ、わが方としては政府限りで処理しうるためには、国内法(特に国有財産法等)で認められる範囲内のものでなければならない。

2 仲裁人は、両政府間の合意によって、司法関係の上級の地位を現に有し、又は有したことのある日本人の中から選定される(2項(b))。仲裁人のための事務局の設置、その規模等の問題は、右の両政府間の合意によって処理されるものと考えられる。仲裁人の裁定は、日米双方に対して拘束力を有する最終的なものである(2項(c))。仲裁人が裁定した賠償の額は、5項(e)の(i)から(iii)までの規定に従って分担される(2項(d))。仲裁人の報酬は、両政府間の合意によって定め、両政府が仲裁人の任務の遂行に伴う必要な経費とともに、均等の割合で支払う(2項(c))。

3 右の場合において、日米双方は、いかなる場合においても千四百ドル又は五十万四千円までの額については、その請求権を放棄する。ドル対円の為替相場に著しい変動があった場合には、両政府は、前記の額の適当な調整について合意する(2項(f))。右控除額は、右の額を越えるすべての損害についても及ぶものである(右の額を越えない損害については、単に請求権の放棄となる。)。この場合控除の残額が5項(e)により分担される。(注103)

(注103)この点については、ナト協定第八条2項(f)は、「損害が次の額に達しない場合には、その請求権を放棄する。」とあるのでこの額を越える損害については、そもそも控除の必要はないとする考え方もあるが、ナト当事国間の解釈は前記のとおりの趣きであり(安保国会当時の擬問擬答)、わが国もこの解釈によって処理して来ている。
又、この解釈は、学者によっても支持されている(例えば Status of Military Forces under Current International Law, Serge Lazareff, p 289)。なお、ナト協定の意味が右のとおりであることは、第八条2項(f)第二文が「その財産が同一の事件において損害を被った他の当事国も、前記の額までその請求権を放棄する」と規定していることからもいえよう。
為替相場の著しい変動」につきいかなる変動が「著しい」とされるかの基準はない。ナト諸国においても「著しい」変動による調整が行なわれたことは現在までない模様。なお、調整についての日米間の合意は、合同委員会の合意として処理されることとなろう。

4 1項及び2項の適用上、国が所有する財産であるか否かの判断は、当該国の国内法によるべきものである。この点、行政協定(同協定第十八条2項は、他方の側の公務中の行為から国有財産に対する損害が生じた場合の請求権は、相互放棄としている。)時代から懸案になっている問題として三公社の所有財産は、国有か否かというものがある。(注104)

(注104) 対米債権としては、米軍車両の列車に対する衝突、電柱に対する衝突等、債務としては、国鉄洞爺丸事故により公務中の米軍人三八名に与えた損害が考えられる。
三公社が日本政府機関でないとする日本側論拠は、(1)設立は国家行政組織法によらない、(2)公共企業体として国の経営する事業体とは区別されている、(3)国家賠償法の適用を受けない、(4)財産は、国有財産法の適用を受けない等。米側がこれに反論する論拠は、(1)設立は商法によらない、(2)予算は国会に提出され、会計検査院の検査に服する、(3)主管官庁の監督に服し、総裁は内閣等の任命にかかる等。

ちなみに、三公社が政府機関でない場合には、米軍の公務中の行為による損害は、地位協定第十八条5項(行政協定も実質的に同文)により、又、三公社が米軍人に与えた損害は、いずれの協定にも解決の規定なく、通常の司法手続により処理される。政府機関である際は、前者については地位協定第十八条2項により処理され(行政協定では第十八条2項により日本側が請求権放棄)、後者については、地位協定第十八条4項(行政協定にも実質的に同文あり)により米側が請求権放棄。

5 1項及び2項の適用上、船舶について「当事国が所有する」というときは、その国が裸用船した船舶、裸の条件で徴発した船舶、又は拿捕した船舶を含む。ただし、損失の危険又は責任が当該当事国以外の者によって負担される範囲については、この限りでない(3項)。右のただし書きのうち、「損失の危険」は、被害の危険負担を意味し、「責任」は、加害責任を意味する。「当該当事国以外の者」とは、実際上主として船主又は保険会社である。ただし書き全体の意味は、たとえば、日本政府が裸用船した船舶は、3項本文により日本政府所有の船舶とみなされ、これが被った損害又はその使用により相手国財産に与えた損害に対する請求権は、第十八条1項又は2項の適用を受けるが、この船舶が例えば米国船舶により破損せしめられた場合において船主又は保険会社が被害の危険を負担することになっていたときはその範囲において右船舶は「わが国が所有する」財産と認められず、また、逆に、右船舶が米国船に損害を与えた場合において船主又は保険会社が加害責任を負担することになっている範囲において「わが国が所有する」船舶と認められないこととなる。従って、例えば、右の被害の事例において、この裸用船された船舶が自衛隊が使用しているものであり、加害米国船が国有の軍用船である場合には第十八条1項(b)の適用があり、わが国は、右被害から生じた米国に対する請求権を放棄することになるが、若し船主が損害につき保険をかけていたとすると、保険会社は右船主に保険金を支払い、その金額につき日本政府に対し求償することとなるが、この場合右保険会社による危険負担の限度で第十八条1項の適用が排除され、その限度で日本政府は請求権を放棄しないことになるから、日本政府は保険会社に対する支払額につきさらに米国政府に支払いを請求することができることとなる。