【ねこまたぎ通信】

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国家の責任 小泉流『自己責任論』がかき消した イラク邦人人質事件

 各種世論調査によると、イラク邦人人質事件について、約7割が小泉政権の対応を支持しているという。政府の危機管理が問われる事件でありながら、矛先を被害者の「自業自得」に向けることで、巧みに世論を操ったともいえる。だが、個人の「自己責任論」が世間を覆う中で、見過ごされ、かき消されそうな「国家の責任」もある。
■『非戦闘地域』どこに?

 「『非戦闘地域』の理屈はまったく成り立っていない。無意味であり、一種のごまかしだ。戦闘は一度、始まってしまえば、自分の都合でどうこうできない。一番不安なのは現地の自衛隊員たちだろう」

 軍事評論家の藤井治夫氏は、そう看破する。

 自衛隊派遣の前提は「非戦闘地域」の存在だ。それが崩れれば、自衛隊イラクに派遣した小泉政権の責任が問われる。だが、川口順子外相は二十日の衆院本会議で、その点には触れず邦人人質事件をテーマに事件が「許されざる犯罪」ゆえ、自衛隊撤退はないと繰り返した。政府がそう言い張れるだけの状況がイラクにはあるのだろうか。

 イラクに兵力を派遣している米国主導の「有志連合」が崩れつつある。スペインの撤退声明に続き、三百七十人を派兵する中米ホンジュラスも十九日、早期撤退を決定。エルサルバドルドミニカ共和国も追随の動きをみせている。

 二十日現在、イラク中部ファルージャでは米軍と反占領勢力との「停戦」が続き、中部ナジャフに立てこもるムクタダ・サドル師一派と連合国暫定当局(CPA)との交渉も継続中と伝えられる。しかし、十七日にはナジャフ近郊を含め、イラク全土で米兵十一人が死亡するなど、平穏という状況とはほど遠い。

 今月に入り、イラク抵抗勢力」の側は確実に様変わりしている。十一日付の米紙ニューヨーク・タイムズは「銃をとらないと妻からどやされる」「友人仲間で道に爆弾を仕掛けている。組織名称なんてない」という「一般市民」の声を報じた。派閥によらない総力戦での反米闘争の様相を見せ始めている。

■状況が悪化し隊員に失望感

 自衛隊の派遣先、南部サマワでも七日に宿営地、八日にCPA事務所を狙った迫撃砲攻撃があった。四日から中断されていた給水を除く支援活動は十三日、一部が再開されたが、十四日には「オランダ軍と自衛隊に告ぐ」とした反占領を訴える学生デモ、十七日にはオランダ軍とイラク人グループの銃撃戦が発生した。

 こうした状況が自衛隊員に及ぶ危機を強めている。ある防衛庁関係者は、こう危ぐする。「隊員たちは非戦闘地域なんて信用していない。政府のへ理屈にへきえきしている。心配なのはその副作用だ。制服組が、失望感から、文民統制を軽視しないかという点だ」

 邦人人質事件そのものについては、多くの与党幹部が「危険地帯に入った無謀な人たち」を政府あげて救出する「迷惑」の大きさを強調してきた。しかし、そもそも政府は人質解放のために水面下で有効な救出策を打てたのか。疑問の声は多い。前出の藤井氏は「解放されたのは、人質になった人たちが占領や自衛隊派遣に反対だったというのが第一の理由」と話す。

 政治評論家の森田実氏も、同様の見方を示す。

 「イラクの聖職者協会の人が言った『日本政府から働きかけはなかった』が本当だと思う。政府はバタバタと救出策をとり、逢沢(一郎)外務副大臣がアンマンに行ったりしたが、本当の交渉をやった形跡はない」

■首相の発言が 反日感情刺激

 小泉首相が来日していたチェイニー米副大統領にファルージャ停戦を申し入れたかの報道もあるが、森田氏は「本当であれば、米国のメディアはそう報道するだろう。停戦の継続は(米国の政策上)独自に決まった話で、小泉首相が関与したように言われるのも世論操作だ」と推測する。
 
 むしろ小泉首相は人質事件の発生当初、武装グループを「テロリスト」呼ばわりしたことで、イラク国内の反日感情を刺激し、解放を遅らせたとも伝えられるが、政治評論家の小林吉弥氏は「小泉さんはもともと言葉を選んでしゃべる人ではない」と話す。
 
 結局、人質解放の決定打は、「彼ら(人質)がイラクの敵ではなかったからだし聖職者協会の人たちの理性」(森田氏)のようだ。実際、解放されたフリージャーナリストの安田純平氏はNHKのインタビューで、政府の対応に謝意を表しながらも、「(イラクと)日本の歴史に救われた」と率直に語った。
 
■協力の見返り 巨額の請求書
 
政府は機密を盾に解放までの経緯を明かさない。だが、漏れ伝わってくるのは有効策よりも無策ぶりだ。解決のため政府から情報提供を求められた中東研究家の一人はこう苦笑する。

 「政府が困っているのは打ち寄せてきた請求書の処理です。例えば、ヨルダンは(解放に向けた情報提供や協力の見返りとして)約二千億円に上る債務の帳消しを求めてきた。日ごろから情報がなく、役に立たないルートまでボタンを押しまくったツケです」

 逆に解放の立役者で、反占領勢力のイラク聖職者協会幹部アブダルサラーム・クバイシ師は「われわれは日本政府より日本人の生命を大切にした。(中略)人質解放後も、日本の外務省はわれわれに感謝していない」と憤りをぶちまけた。

 こうした政府の対応には多くの疑問符がつく。本来なら「責任論」も噴出しかねないが、世論は小泉内閣を後押しする結果となっている。十七、十八日に読売新聞が行った世論調査では人質事件についての政府の対応を「評価する」が74%に上った。自衛隊イラク派遣を「評価する」人も60%で、一月の同様調査の53%を上回ったという。内閣支持率も「支持する」が59・2%で三月調査より増えた。朝日新聞の世論調査でも同様の傾向が見える。

 森田氏は「本当は、イラクには非戦闘地域などない時期で、小泉首相は窮地にあった。ところが、人質事件で出た自己責任論が、逆に小泉首相や政府を利する結果となり、自衛隊派遣をも合理化する結果となった」と分析する。

■家族の状況を利用に成功し

 メディアと政治の問題に詳しい明治学院大学の川上和久教授は、そのからくりを、こう解き明かす。
 「政治の駆け引きの中で人質事件が論じられ、自己責任論が出たため、自衛隊の派遣が正しかったのか、国際社会の中でどういう意味を持つのかという議論が隠れてしまった。特に、人質家族が、政治の土台に乗るような形で、『自衛隊撤退』を言うと、そこに世間の非難が集まった。本来、人質問題とは距離を置いた自衛隊派遣反対の意見にまで『人質家族と一緒になって騒いでいる』というような逆風をもたらす構図ができてしまった」

 その上で、自己責任論にも言及する。「国民、皆が後味が悪い。自衛隊の撤退という問題が、国際的な政治問題の中でなく、国内政治の問題として出てきた。小泉首相にすれば、家族の置かれた状況を利用し、逆に『自己責任』を出すことで自らの責任をすり替えることに成功した」

東京