虚飾をまとった 世界銀行のプログラム
虚飾をまとった 世界銀行のプログラム
Killer sting
New Internationalist No.396
December 2006 p14-15
http://www.ni-japan.com/report/onlineRep/topic396.htm
世界銀行は、腐敗への取り組みを行い、自らが支援する開発プログラムの透明性を確保するとはっきりと述べている。果たして、その実態はいかなるものなのか? インドで行われている世界銀行のプログラムをじっくりと見てみよう。
豊かな森と自然に恵まれた北インドのゴミア。ここにすさまじい貧困とさまざまな病気で苦しめられている人々がいるようには見えない。しかしここでは、マラリアも人々を苦しめている病気の一つである。
ここに住む人々は、廃鉱となった炭鉱から石炭を拾ったり、日雇い労働者としてれんがを焼いたり採石場で働いたり、または農業労働者として働いて日々の糧を得ている。ほとんどの人々が泥を塗り固めた家に住み、中には家畜と一緒に暮らす人々もいる。
ゴミアの病院には、1カ月に20〜30人のマラリア感染者が訪れる。しかしそこでは定期的な検査は行われておらず、血液検査の結果が出るまで1カ月も待たされる。これでは適切な治療を受けるには遅すぎる。この地域ではマラリアの感染が増加傾向にあり、特に危険な熱帯熱マラリアが増えている。
世界保健機関(WHO)の推定では、毎年7,000万人のインド人がマラリアに感染している。何十万もの人々が、単独の疾病としては結核よりも深刻で、インド最大の問題とも言えるマラリアが原因となって死亡している。
しかしインド政府の公式統計では、感染者数は「たったの」200万人で、死亡者数は1,000人となっている。そして世界銀行は、自ら資金援助を行ったマラリア対策プログラムの「成功」により、感染者数が45%減少したと自画自賛する。
これは一体どういうことなのだろうか?
中には、世銀が虚偽のデータを使って偽りの成功を叫んでいると言う人もいるかもしれない。それでは、「Enhanced Malaria Control Project(マラリア対策強化プロジェクト)」という世銀の花形プログラムを細かく見てみよう。このプログラムは、1997年から2005年にかけてインドの8つの州で実施されたものだが、その重要事項には透明性は含まれていないようである。それどころか、世銀の融資額については8,600万ドル、1 億1,900万ドル、1億6,500万ドルと異なる報告がなされている。
世銀は、このプログラムの結果としてマハラシュトラ州、グジャラート州、ラジャスターン州において、1997年から2002年の間にそれぞれ93%、80%、40%マラリアが減少したと主張する。
そしてまた、マラリア対策の手法を根本的に変えたことがこのプログラムの成功の理由だと述べている。
しかし、公衆衛生の専門家グループが行った調査が示すのは、世銀の主張がうそで塗り固められているということである。アミール・アッターランと彼の同僚たちは、英国の医学専門誌『ランセット』2006年7月15日号の中で、プログラムが実施された州でのマラリア減少率が実際はずっと小さいことを政府の文書を参照しながら指摘している。彼らは、いくつかの州の感染率が実際には増加していることも指摘している。マハラシュトラ州、グジャラート州、ラジャスターン州に関する世銀の統計データは、インド政府の1997年から2002年のデータとは一致しない。そして2004年にいたっては、グジャラート州での感染者数は1997年よりも増加した。
さらには、このプログラムが成功したという主張を検証するために必要なデータの提出を、世銀は拒んでいる。
マラリア流行地域で働く医療専門家は、この成功話について特に何とも感じていない。13年以上にわたりビシャムクタックで働いている医師、ジョニー・オーメンは、「世銀のプログラムはオリッサ州に何の変化ももたらしていない」と述べる。「政府のデータには、多くの感染者の一部しか含まれていない。実際の状況はずっと深刻だ。マラリアは公衆衛生の疾病としては最大の問題だ」
医療従事者向けにマラリアと結核の治療法をトレーニングしているラヴィ・ドゥソウザは次のように報告する。「触診してみると、村人の4人に3人の脾臓(ひぞう)が腫れていたという村もあった。脾臓の肥大は、何度もマラリアに感染して何の治療も受けていない場合に起こるものだ」
マラリアに感染して死亡しなかったとしても、治療を受けていなければ赤血球が破壊されて深刻な貧血状態に陥る。子どもの発育も阻害される。ドゥソウザは、「部族(トライブ)の人々が住む地域で最もよく見られる状況で、乳児や妊婦が死亡する最も大きな原因の一つである」と述べた。
公式な統計上では感染者数は増えていない一方で、危険な熱帯熱マラリア原虫による感染が増えている。以前は、全感染者数に占める熱帯熱マラリアの割合は3分の1弱だったが、今日ではおよそ半数に増加している。
「マラリアは貧乏人の病気だから、本当に心配している人など実際にはいないよ」。こう語るのは、インド中部のチャティスガール州で保健プログラムを実施するNGO、Jan Swasthya Sahyogのヨーゲシュ・ジェインである。
マラリア感染率の高い地域は、この国の貧しい地域とぴたりと重なる。部族や先住民族が住む深い森に覆われた地域は蚊が多く、最も危険度が高い。妊婦は薬の影響を受けやすいため、治療を受ける女性は全体的に見れば多くはないだろう。また、都会で仮住まいの建物に住む建設労働者たちは、周囲にがれきや水たまりがあるために蚊が多く発生するので影響を受けやすい。マラリアの流行の多くは、世銀が融資したインディラ・ガンジー運河のような「開発プロジェクト」による環境破壊が直接関係している。
公式統計にあるマラリア感染者の数字は氷山の一角にすぎない、とインド医療評議会でさえ認めている状況で、世銀がいかにして自分たちの主張をまじめに考えることが可能なのか、ジェインのような保健専門家たちも首をかしげている。
「治療を受けた人の95%以上が診断を受けていないのだから、公的な記録は何の意味も持たない」とジェインは説明する。感染者のデータを収集しているのは政府のセンターだけだが、そこへ行く人の数はわずかで、しかも血液検査を受けてその結果が陽性となった人だけが感染者として記録される。このプロセスでは、検査をせずにマラリア治療を受けた人、民間の診療所で検査を受けた人、そして何百万人にも上る診療を受ける余裕のない人々については記録されない。
インドのマラリア感染者数の信頼できるデータを誰も把握していないとすれば、世銀はいかにして感染者数が45%減少したと主張することができるのだろうか?
しかしまた、マラリア削減に貢献したという偽りの主張は、世銀が行うインドの公的保健医療サービスの意図的な破壊行為に組み込まれている。つまり世銀は、包括的な保健医療サービスの代わりとしてこのマラリア対策強化プロジェクトのような「targeted intervention(対象を絞った介入)」を用意させるため、政府への圧力として行っている部分もある。
GDP (国内総生産)に占めるインドの公衆衛生分野への支出は、これまでも世界で最も低いレベルにあった。1991年、インドはIMF(国際通貨基金)の資金援助とともに構造調整を受け入れ、それ以来この割合はGDPの1.3%から0.95%へとさらに減少した。村落部への影響は大きかった。現在のコミュニティー・ヘルスセンターの数は、政府が発表している必要数の半分にも満たず、そのヘルスセンターもスタッフ、機材、医薬品の深刻な不足に苦しんでいる。ヘルスセンターには顕微鏡は無く、あったとしても使えるスタッフがいないというのが現状である。かつては住民1万人に対して1人のマラリア検査担当者が置かれていたが、現在は4万人に1人となっている。
機材を備えた保健システムが整っていれば、マラリアの血液検査をきちんと行うことは可能である。しかし、世銀の政策に破壊された保健医療システムの下ではそれは無理な話だ。
世銀は、なぜ偽りのデータと成功話をふれ回っているのだろうか? インドを「成功例」としている理由の一つには、「リスクの高い」地域に対する「targeted intervention」の導入を促す目的がある。
世銀は、「成功」を主張することによって、公的な保健医療システムの意図的な破壊行為から目をそらそうとしているのではないだろうか? このようなうがった見方も可能である。
文:Sandhya Srinivasan
ムンバイ在住で、医療倫理に関する専門誌の編集者。