津波とイラク、報道の影に
多くの死者負傷者と村や町が丸ごと流されるほどの被害をもたらしたインド洋津波。メディアは、被害の映像を流し大国の援助額の大きさを競って伝えています。この報道合戦がことさらに伝えようとしていることは何か、隠そうとしていることは何か。イラク戦争・占領報道と津波報道の対比で考えようと、イラク占領監視センターのマージョリー・ラスキーは、津波とイラクを同時に取り上げて論じている記事、津波当時のイラクのニュースをいくつか示しています。
(TUP/池田真里)イラク占領監視センター速報 2005年1月4日。
インド洋津波がすさまじい被害と多くの死者をもたらしたことをうけて、先週、何人かの評者が、似てはいるが異なる二つの恐るべき事態について意見を表した。自然が起こしたもの(津波)と人間によるもの(イラク戦争と占領)の二つについてである。どちらも最新の推定で、死者数10万人から12万5千人という。正確な数字は知るべくもないが、驚くべき数字である(英誌『ランセット』の調査の数字を参照のこと。ファルージャ攻撃による死者数を引いても、イラクの一般市民の死者数は、控えめにみて10万人と推定している)。 http://www.occupationwatch.org/article.php?id=7486
津波の襲った数日後に亡くなったスーザン・ソンタグへの心のこもった追悼の辞で、レベッカ・ソルニットは次のように述べている。「イラクで起こっていることは、ある意味で、ワシントンD.C.を震央として1万マイルの距離を渡って襲いかかった津波、はるか遠くの無数のいのち、国土、町々を破壊し尽くした、政治方針の地震といってもいいでしょう。そして、いまここでは、亡くなった兵士の友人や家族たちが悲しみにくれています。腐った外交政策の手足として海外に送られた何万という若者たちは、心もからだも傷つけられています。」
ソルニットは、ソンタグの写真と表象に関する考察を振り返り、このソンタグの考察が、津波とイラクのニュースを検証する際にいかに私たちの力となるか、示した。「この二つの惨禍を私たちがどう受け止めるかについて、イメージが(あるいはイメージの欠如が)果たしている決定的な役割を認識する」方法を示しながら、ソンタグと津波とイラクの混乱を結んで語る。「津波が、これでもかとばかりに私たちの五感に訴える機会として扱われている」のに対し、「イラク戦争は、異様なほど見えない戦争、いや、お決まりの毒にも薬にもならない映像が出し物となっているような戦争だ。我が軍の写真ばかりで、敵方の写真はほとんどなく、爆破された戦車と人影のない崩壊した民家の映像。ここアメリカには、津波の場合とまったく異なり、私たちの手が日々生み出している膨大な数の負傷し死亡した一般市民の映像はない。しかし、これもまた、イメージの戦争であるのだ。我がイラク侵略の完成として、サダム・フセイン像の倒壊という出し物があった。アブグレイブ拷問の写真漏洩から始まった山場があった。(中略)そして最近ではファルージャのモスクで、負傷者を撃つ米兵の映像があった。」(「ソンタグと津波」より)
(訳注:TUP速報79号で、スーザン・ソンタグのスピーチ、『平和と公正を称える』を読めます。レベッカ・ソルニットは、サンフランシスコ在住の美術批評家、作家ですが、同じく360号ほかで7編が速報に掲載されています。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8636ジョージ・カパチオは、津波のイメージを、ここ10日間にイラクで起きた事件として描写している。「米国国務省古層深部の巨大な政治プレートが、先週、突然動いた。何十年にも及ぶ内部抗争で蓄積されたメガトン級の圧力が、巨大波をイラクめがけて送った。イラクの老朽化した国防軍はたちまち崩壊し、イラク国民を圧倒的な力の前に置き去りにした。12年にわたる経済制裁と2つの戦争、それに残虐な独裁政権によってすでに疲弊しきっていたイラク国民は、こんどはいわゆる人道に対する罪によって苦しむこととなった。モスルからバスラまで、戦車、ミサイルの業火、機銃ヘリコプター、F16戦闘機が次々ときりもなく押し寄せては破壊し、町々は丸ごと叩きつぶされ、何万人もが家を失った。」(「見えない暴神:津波イラクを襲う」)
(訳注:ジョージ・カパチオは米国マサチューセッツ州在住のフリーランスの記者、作家。1997年以来何度もイラクを訪れ、その体験を書いている。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8591津波被害に対する米大統領の当初の「しみったれた」対応について、多く論評された。その中で多かったのが、ブッシュ大統領とイラク占領に米国が日々投じている途方もない額の金を比較したものであった。ブッシュ大統領が、津波被害国に対する援助を1500万ドルから3500万ドルに引き上げると発表した後、ヘザー・ヴォークシュは、次のように書いた。「ブッシュ政権はしみったれというのは、的はずれ。たんに優先順位が違うにすぎない。これまでのところで、ホワイトハウスは2005年財政年度に約一千億ドルをイラク占領に要求している。これは、ひと月当たり83億ドル、一日当たり2億7千万ドルである(同政権の当初の津波被害援助額の18倍以上にあたる)。イラクだけの数字でこれだ。(「しみったれですって? とんでもない、大量破壊兵器と戦争のためなら」)
(訳注:ヘザー・ヴォークシュは、オーストリア在住のアメリカ人、フリーランス・ジャーナリスト) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8597しかし、「有志連合」の片腕である英政府だって米政府と同じだと、ジョージ・モンビオは、イギリス住民の津波被害に対する惜しみない善意(英米政府とはまったく正反対である)を分析して述べている。「これまでのところ、米政府は津波被害者に3億5千万ドル提供すると約束している。これに対し、英政府は9600万ドル。米国はイラク戦争に1480億ドル支出した。これに対し、英国は115億ドル。戦争は、656日続いている。これでいくと、津波被害に米国が約束した金額は、イラクで使われている金の1日半分である。英国が出すといった金額は、英国のイラク戦費の5日半分である。戦費を海外援助総額と比較すると、もっとひどい。英国は、イラク以外の国々の窮状支援のための年支出総額の2倍の金額を使って、イラクに惨状をもたらしているのである。米国の海外援助額はわずか160億ドル余である。これまでイラクで浪費された金額9分の1にも足りない。」(「イラク戦争の犠牲者でもある津波被害者」)
(訳注:ジョージ・モンビオは、イギリスの作家、ジャーナリスト。「ガーディアン」の定期寄稿者。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8637クリストファー・デリソは、「米国が津波にさほど関心をもたないのは、その原因にあることは、言うまでもない。制御不能の天災だからだ。簡単に引きずり出して非難できる、人間という要素がからまないような天災は、時の権力にとっては面白みがない。政権転覆命令や「衝撃と畏怖」爆撃という反撃に出る余地はないからだ」と言う。(「戦争と津波」)
(訳注:クリストファー・デリソは、マケドニア在住のフリーランスの記者。バルカン諸国を歩いて、多くの記事を書いている。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8589これをうち消すような見解を述べる者もいる。つまり、とくに米政府ではなく、アメリカ人一般について言えば、善(たとえば民主主義)と悪(たとえばテロリスト暴徒)の衝突とされている戦争より、天災の被害者のほうに同情し、結集し、救援のために動きやすいというのだ。もちろん、この見解は、津波被害を大きくした根本的原因である、社会的経済的基盤のないところでの出口のない貧困、観光地であること(訳注:観光収入の減少を危惧して警報が出されなかったと言われたこと)などの問題を無視している。
惨事に直面した米国メディアのもっともらしい二枚舌を痛烈に批判した2つの報道がある。「新聞紙面やテレビの画面は、海にさらわれる数々の死体、浜辺に散乱した変形した死体、ずらりと並んだ膨張した赤ん坊の死体でうめ尽くされている。災害のあらゆる面が、獲物を逃すまいとするメディアのレンズによって、きわめて細かなところまでなめるように描写されている」という事態に対して、マイク・ホィットニーは疑問を投げる。「テッド・コッペル(訳注:米ABCの有名アンカー)はほんの何日か前、メディアは神経質な視聴者に配慮して、イラク報道を自粛していると言ったばかりではなかったか。(コッペルは)死んだイラク人を写すのは「悪趣味」だ、アメリカ人視聴者は、そういう映像を見たら不快になるだろうと、お題目のように繰り返していたのではないか。」(「メディアの二枚舌、イラク対津波」)
(訳注:マイク・ホィットニーは、米国ワシントン州在住) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8590企業の欲得が報道内容を決定すると、ホィットニーと同意見のピーター・フィリップス。(「津波被害によって明らかになった企業メディアの偽善」)
(訳注:ピーター・フィリップスは、カリフォルニア州立大学ソノマ校の社会学教授) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8598二つの惨事、津波とイラク戦争・占領を前に、デイビッド・モースは次のように言っている。アメリカは、迷惑がられているイラクから撤退し、「必要とされているところ、我が軍と巨大な兵站能力が多くの人名を救うことのできるところ、浄水施設、野外キッチン、発電施設、浮き橋を配備できるところ、治安維持を支援できるところ」へ行かなくてはならない。(「イラクから撤退し、地震被害者を支援せよ」)
(訳者:デイビッド・モースは、米国コネチカット州在住。イラクについての評論を多く書いている。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8615
いっぽう、BBCは次のように述べている。「世界がアジアの災害に注目している間に、イラクの状況は非常に悪化し、反乱は、ほとんど戦闘状態というところまで拡大した。」(「激しい攻撃がイラクの選挙を脅かす」) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8638この速報の焦点を別の側面から見るために、今週、ほとんど破壊しつくされたファルージャに帰ったファルージャ市民の感じたことや思いを知ってほしい。(エドマンド・サンダース、「ファルージャ市民、我が町を見てうちのめされる」)
(訳者まとめ:やっとの思いでファルージャへ帰った住民が見たものは、徹底的な破壊のあと――汚水があふれた道、町全体に漂う死臭、地雷や偽装爆弾がそこら中にあり銃撃戦の音が絶えない。家は半壊し家財道具はめちゃめちゃにされている。水道、電気はない・・・。)
(訳注:エドマンド・サンダースは、ロサンゼルス・タイムズ記者) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8576ヨルダン・タイムズ、「ファルージャ市民の怒り、極限に」
(訳者まとめ:ファルージャ市民は、親戚のうちや避難キャンプから、続々町へ帰ってきている。町の入り口で検問のため6時間も待たされたあげく、13項目の禁止事項(落書き禁止、集会禁止・・・)を書いた黄色いカードを渡される。そして、目にするのはほとんど瓦礫と化した我が家。死体が残され、水道も電気もない・・・) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8585ホァン・コール、「数千のファルージャ市民、デモ」
(訳者まとめ:1月1日、廃墟のようになったファルージャの町の入り口で、こどもも含む数千人がデモを行った。要求は、米軍の撤退とライフラインの復旧。大規模なデモであったにもかかわらず、西側メディアはほとんど報道しなかった。)
(訳注:ホァン・コールは、ミシガン大学歴史学教授。TUPでも311号、306号で速報した。) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8614また今週、イラク戦争で死んだ米兵の親たちが、コード・ピンク、グローバル・エクスチェンジ、社会的責任を目指す医師たちなど反戦団体の代表とともに、ヨルダンのアンマンへの旅を終えた。一行は、60万ドル相当の医薬品など人道援助物資をファルージャ攻撃の被害者に届けた。(ジム・ローブ、「戦死兵の親たち、イラクへ人道援助の旅」)
(訳注:ジム・ローブは、インター・プレス・サービスのワシントンDC特派員) http://www.occupationwatch.org/article.php?id=8552(各段落の後のURLは原文です) (翻訳:TUP/池田真里)
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