【ねこまたぎ通信】

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パンドラの時代 009

The Age of Pandora 009 by Natsuki IKEZAWA 08/05/2004

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 パンドラの時代 009
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誘拐事件の一か月後に


 5人の日本の民間人がイラクで誘拐された事件からほぼ一か月がたちました。

 幸いなことに5人は無事に解放され、日本に戻りました。

 しかし、この事件は考えるべき大きな課題を後に残しました。

 それは、この事件に対して、とりわけ高遠さんと今井さん、郡山さんの3人を巡って日本人が示した反応です。4月9日の時点で「008 3人の誘拐について大急ぎで」を発信した時、このような反応をぼくはまったく予想していませんでした。正直な話、なぜあれほど強い反発が3人に集中したのか、問題はこの点にあります。

 あれはきわめて感情的なもので、だから長く続かなかった。騒いだ人々は今はみな忘れようとしているようで、メディアも触れたがらない。たぶん一種の後ろめたさを残したのでしょう。

 しかし、あれは忘れてはいけない。なかったことにはできない。

 なぜあのような激しい個人攻撃が行われたのか、改めて推測してみたいと思います。

 第一の段階は政府とその周辺の怒りです。

 彼らはまず感情を露わにして怒りまくった。業界の用語ならば「不快感を表明した」ということになります。

 この国の運営は自分たちが仕切っているのに、それを攪乱する国民がいる。素人が勝手に余計なことをしたために、自衛隊派遣がぐらつきかねない。

 この人たちにはイラクで起こっていることを客観的に見る視点はありません。ブッシュ政権にどこまでも協力することと、この機会に遠い国に自衛隊を出したという実績を作ることだけが、イラクに関与する理由です。

 彼らが怒ったのは、打つ手がなかったからです。

 誘拐者が提示した自衛隊撤収はアメリカと自分たちの(日本のではありません)関係から言って不可能である。

 アメリカ軍に救出を依頼したけれど、それがまず無理だということはわかっていたはずです。ファルージャ周辺でアメリカ軍にできたのは圧倒的な武力で民間人を大量に殺しモスクを破壊することであって、秩序を回復することではない。戦略的にはアメリカ軍は苦戦していました。

 だから、仮に誘拐された3人の居場所がわかったとしても、武力で奪還することはむずかしかったと思います。

 誘拐者と交渉する余地はあるか?

 この道もふさがれていました。まず相手の要求は自衛隊撤退という政治的なものであって身代金ではなかった。

 次に、交渉のルートがなかった。アメリカと肩を並べて戦っている日本(と向こうの眼には映っています)の政府は彼らを知らない。アプローチしても相手にされないでしょう。

 そこで彼らはどうやら以前から少しはつながりのあった地域のボスたちに金を配ったらしい。これでなんとか話をつけてほしいと頼んだのでしょう。

 後になって、解放のために20億の費用を投入したと言った理由はそんなところだと思います。明細が公開されることはないでしょう。

 つまり、日本政府は何もできなかった。

 打つ手はない。しかし3人を見殺しにしたと言われるのは困る。

 この無力感が怒りに転じました。あの3人が勝手なことをするから自分たちが迷惑する。

 たぶん政府関係者には3人はゾウの足下をうろつくハリネズミのように見えたのでしょう。踏みつぶすのは簡単だけれど、そうすると自分も怪我をする。

 アメリカだけでなく、EUやアラブ諸国までを視野に入れて考えると、日本政府の外交は論理的に破綻しています。

 大量破壊兵器がなかった以上、アメリカのイラク攻撃に正当性はありませんでした。だからイラク側の全国民的な反撃を受けて苦戦しているのです。

 それに追従する日本の自衛隊派遣も空洞化しています。

 しかし、日本の政治家は外交は下手でも内政はうまい。なぜならば、外交にはある程度まで論理がいるけれど、内政は感情に訴えることができるから。

 そこで政府は自分たちの無策を棚に上げて、誘拐されたのは3人が悪いからだと言い始めました。

 問題は、「自己責任」というキーワードによるこのキャンペーンが成功したことです。

 この先はどうしても日本人論になります。

 日本人をひとまとめにして性格を論じるのは、あまり気が進むことではありません。さまざまな人がいての日本です。しかし、今回のような場合に日本人に固有の行動パターンを読みとらないのはむずかしい。

 誘拐の被害者であるはずの3人に対する激しい個人攻撃という、他の国では考えられないようなことが日本では起こったからです。

 あまりのことにアメリカのパウエル国務長官やフランスの新聞「ル・モンド」の東京支局長などが介入して日本の世論をなだめたほどだった。

 少なからぬ数の日本人が3人の行動に反発を覚えたのです。それが理性によるチェックが入らないまま、いわば暴走した。だから政府のキャンペーンは成功した。

 では、反発の理由は何か?

 彼らが個人としての判断にもとづいて動いていたこと、活動の場が海外であったこと。

 これらは旧来の日本人の行動パターンにはないものでした。日本人はずっと共同体の一員として動くことを旨としてきました。田植えや稲刈りをみなで一緒にすることと、会社や官庁などの組織で働くことの間に大きな違いはありません。

 だから「迷惑」という言葉が日常ひんぱんに使われるのです。共同体の中における自分の位置を常時測定して、流れを乱さないようふるまう。

 個人の判断で新しいことを試みるのはとかく「迷惑」につながりがちだから、なるべく避ける。

 目立たないように生きる。

 「ルールを守れ」とは言うけれど、誰がどういう理由でそのルールを作ったかを問うことはない。

 しかも、農村共同体の暖かみはもうない。

 それに対して、高遠さんと今井さん、郡山さんの活動はまったく個人的な判断に基づくものでした。上からの命令とか金もうけとか、ふつうの日本人に理解できる理由が何もなかった(郡山さんの場合は写真が職業ですから、少し違ったかもしれません)。

 遠い国に行って、戦火の中で路上の浮浪児たちの世話をする。あるいは劣化ウラン弾の被害について調べる。激しい戦闘の写真を撮る。

 立派なことなのだろうけれど、自分たちの日常からあまりに遠い。理解できないというより、理解したくない。

 共感するか反発するか、実は判断は微妙です。微妙であるということは誘導されやすいということで、その点を政府のキャンペーンは突きました。

 3人はいわば裏返されたスターとして扱われ、家族関係などが暴き立てられました。

 今に始まったことではないとぼくは思います。

 冒険家の植村直巳さんがマッキンレーで消息を絶った時、日本のメディアはとても冷たい反応を示しました。自分の能力に対する過信から判断を誤った。全国から資金を募って行って遭難し、子供たちの期待を裏切った、等々。

 これに違和感を覚えたぼくは、後になって短い植村論を書いて彼の行動を擁護しました(『母なる自然のおっぱい』新潮文庫のうちの「再び出発する者」)。

 今回もよく似ています。

 危険というのは現場でしか判断できないものです。人はある行動に踏み出す時、危険と使命感を秤に掛けて、慎重に考えた上で一歩踏み出します。

 そうでなければ不可能なことがあって、このような一歩踏み出すというふるまいによって人間は限界を超えて新しい領域を開いてきた。

 社会を改革する力はこのような人たちが担ってきた。

 ライト兄弟が飛行に成功するまでに、何人の発明家が挑戦し、失敗し、命を落としたことか。それを思い出してください。

 結果だけで判断してはいけない。

 実を言うと、今回の3人の、あるいは安田さんと渡辺さんを加えて5人のしたことは植村ほどの大冒険ではありませんでした。

 市民運動は日本でも成熟しており、メディアに属さないジャーナリストの数も増えていて、その意味では彼らは突出した英雄ではないと思います。

 いわば隣の人々の中から海外でああいう大事な仕事をする「普通の人」が増えている。

 それが明らかになったことは今回の事件の一つの成果でした。

 では、なぜ3人は解放されたのか。

 日本政府もアメリカ軍も無力でした。救う気さえなかった。3人を救ったのは日本をはじめとする各国のNGOの働きかけであり、日本国内でのデモなど、反自衛隊運動です。3人はイラクの敵ではなく友人である。日本にも自衛隊派遣に反対する人々がいる。こういうメッセージが結果として誘拐者を動かしました。

             (池澤夏樹 2004−05―08)


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