【ねこまたぎ通信】

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中東和平に終止符 4・14首脳会談 『妥協なき宗教戦争』へ

 日本人の関心がイラクでの邦人人質事件に奪われているすきに、イスラエルシャロン首相とブッシュ米大統領は一九九〇年代から築き上げてきた「パレスチナ和平」の破たんを宣告していた。油を注がれた反米感情の高まりは、イラクパレスチナ双方の民衆の共感を深めつつある。米国流「民主化」の虚構はあらわになり、世界は妥協なき宗教戦争の色彩を一段と濃くしている。 (田原拓治)
■『いつか来た道に…』

 「兄弟たち、その道へ行ってみるがよい。でも、あなた方はやがて来た道(武装闘争)に戻ってくるだろう」。パレスチナ和平の幕開けを告げた一九九三年のパレスチナ暫定自治(オスロ)合意前夜、これに反対したジョルジュ・ハバシュパレスチナ解放人民戦線(PFLP、パレスチナ解放機構=PLO=の一派)元議長はこう予言した。

 この予言はより危険で、かつ広範囲で当たりつつある。今月十四日にワシントンで開かれた米・イスラエル首脳会談がその引き金を引いた。合意はこの十数年の「和平構築の時代」に終止符を打つ内容だった。

 いま一度、「和平」の枠組みとは何だったのか。それは「米国が主導し、パレスチナイスラエルが互いに交渉相手とみなし、パレスチナ側は夢を捨て、ガザとヨルダン川西岸の両地区というパレスチナ全土の23%にミニ国家を造り、共存する」と要約できる。

 では、十四日の合意内容はどうか。(1)交渉抜きにシャロン首相が決めたガザからのユダヤ人入植地(七千五百人)を含めた撤退(2)代わりに一部を除く西岸入植地(二十三万人)の存続(3)四八年のイスラエル建国に伴うパレスチナ難民(国連統計で四百十四万人)の帰還権の放棄(4)西岸にあるパレスチナ住民との分離壁の建設黙認(5)自衛の名の下、パレスチナ抵抗勢力への攻撃容認−がポイントだ。

国連決議ほごとどめの合意

 相互承認による交渉の道は断たれ、国連総会決議一九四(四八年)で保証されていた難民帰還権はほごにされた。和平の基礎だった西岸、ガザからのイスラエル軍、入植地撤退を定めた国連安保理決議二四二(六七年)、三三八(七三年)は砕かれた。米国は国連で三十二回もの拒否権を発動し、こうした決議の履行を阻んできたが、今回の合意がとどめを刺した。

 入植地と分離壁で寸断された西岸に「パレスチナ国家」は描けず、「自衛」容認は十七日のイスラム急進組織ハマス幹部ランティシ氏殺害に帰結した。にもかかわらず、合意後にブッシュ大統領は「世界はアリエル(シャロン)に感謝すべきだ」と言い放った。

 「合意のショックは中東全体に影響する」。エジプトのムバラク大統領は二十日付の仏紙ルモンドにこう憤った。「この絶望感と不公平感は中東のみならず、米国とイスラエルの世界中の利権を脅かすだろう」

 その一角、イラク中部ファルージャでは米軍と抵抗勢力の戦闘が再開された。

 米CNNテレビによると、二十六日以来、抵抗勢力側の死者は六十人以上。米軍はA130攻撃機戦車砲を使い、攻撃した。

 イラクの泥沼の底は見えない。通訳は逃げ、復興企業は撤退した。米国の傘の下の統治評議会の権威は失墜し、新生イラク軍や市民防衛隊の三割が退職した。クルド民兵が米軍支援でファルージャ入りし、内戦の恐れが高まっている。

■米国流『民主化』に絶望

 「ファルージャの道はパレスチナに通じる」。アラブ紙が報じたイラク住民の一言だ。十四日の合意がもたらした「猛毒」だ。

 イラクパレスチナの民衆の共感は似た境遇を土台に深まっている。

 自治政府や統治評議会の無策、さらにアラブ諸国の支援もない孤立感。最新兵器の前には竹やりに近い武器を手にした抵抗。人質事件の犯行集団は結局、ファルージャの「青年団」で、それはパレスチナと同じ「インティファーダ(民衆ほう起)」の発生を知らしめた。

 さらに両者とも米国流の「民主化」に絶望した。ブッシュ大統領は「(ファルージャの抵抗は)イラク国民の民主化の希望を打ち砕く」(十三日)と断罪。パレスチナについては「(十四日の合意で)平和な国家建設の機会を得た」(十六日)とうそぶいた。

 だが、現実はバグダッド西部で発生した米軍による子どもたちへの無差別発砲(二十六日、四人死亡)であり、イスラエルによる相次ぐハマス幹部ら要人暗殺の黙認にすぎない。「独裁政権」でも親米国であるエジプト、サウジアラビアなどには民主化は求めない。

 汎アラブ紙アルハヤトによると、六月の主要国首脳会議(G8)で米国が提案する「大中東パートナー・イニシアティブ」には「テロの原因は貧困、非識字、失業」とパターン化された文句が並び、パレスチナ問題の現状が生む不平等感には触れていないという。

 国立民族学博物館臼杵陽教授(アラブ現代史)は「(4・14合意で)米主導の中東和平の枠組みは完全に崩れた。ブッシュ政権前から、仲介者のふりをしていた米国の信頼性はがた落ちし、米・イスラエル連合による中東新秩序はより明確になった。これは七〇年代に結ばれたエジプト・イスラエル平和条約などにも響く。アラブとイスラエルの冷戦は臨界点まで達するだろう」と懸念する。

 「シャロンとブッシュの狙いは民族自決権の抹殺」と言い切る静岡産業大の森戸幸次教授(中東地域論)は合意の行方をこうみる。

 「シナリオ通りにはいかないだろう。イスラエル撤退後のガザは新たな抵抗の拠点となり、戦闘は激しさを増すに違いない」

 シャロン首相のシナリオのよりどころは、西岸イスラエルの一部とみるユダヤ教の宗教解釈にある。西岸ヘブロン(アラビア語でハリール)にはユダヤ人の始祖アブラハムの墓(マクペラの洞窟=どうくつ)があり、こうした土地は絶対に譲れない。

 米国はどうか。アラブ各紙は今回の合意を一七年にイギリスのバルフォア外相第一次大戦の戦費調達のため、ユダヤ人財閥(ロスチャイルド)にイスラエル建国を密約した「バルフォア宣言」に例え「ブッシュフォア宣言」と命名した。

■米大統領選で宗教右派狙い

 その意味は、ブッシュ大統領が十一月の大統領選をにらみ、イスラエル右派支援を宗教的使命とする最大母体キリスト教右派の顔色をうかがい、民主党ユダヤ人票を崩すために合意した、とみるからだ。

 一方、ソ連崩壊後、その支援を失った民族主義が衰退し、代わりに精神的支柱をイスラムに求めたアラブ民衆にとっても、米国流「民主化」への絶望がその傾向に一層拍車を掛けることは間違いない。イラクパレスチナイスラム宗教勢力が「抵抗」を組織している事実がその証左だ。

 民主化の破たんが宗教主義への傾斜と「テロ対策」という弾圧を呼び、その鋭利さを増す。そんな悪循環の行き着く先は非妥協的な「宗教戦争」の時代だ。

 先月十五日、イラク北部モスルで米国人宣教師ら四人が殺された。キリスト教右派の人々で、同派の宣教師らが人道援助組織の形で多数派遣されている実態が明らかになった。ほぼ同時期、米海軍基地がある湾岸の穏健国バーレーンでは酒を出すレストランが約百人の集団に襲撃された。

 不穏な兆候は中東各地に表れ始めている。

東京