【ねこまたぎ通信】

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暴言 空言 『小泉語』『石原語』の危うさ

 言葉を武器にする二人の政治家が、あらためて「言語力」を問われている。片や高支持率で自民党総裁再選が確実視される小泉首相。もう一人は、国民人気で首相と並ぶ石原東京都知事だ。小泉語は明りょうだが中身の乏しい「空言」、石原語は何かと過激な「暴言」といわれる。それらがなぜ大衆受けするのか。二人の言語に潜む危うさを検証した。

 「小泉首相は、ゴロンとしたスローガンを言う前に間合いを取る。勢い込んで話す時と沈黙のコントラストが聴衆の印象に残る」
 ■慣れた口調で討論会も余裕

 政治と言葉の問題に詳しい信州大学の都築勉教授は、小泉首相の言葉遣いの特徴をこう指摘した。小泉首相は十一日、藤井元運輸相、亀井前政調会長、高村元外相の三候補と公開討論会に臨んだ。

 討論会をウオッチしていた都築教授は冒頭にそれぞれ持ち時間二分で行われたスピーチに注目し「他の候補者は、流れるように話していたが、小泉首相は計三十秒くらいは沈黙だった。間があくと、聴衆はかたずをのむ。その後に『改革なくして成長なし』などの印象的な名詞を続けている」と説明、小泉語の“法則”に変化はないようだ。

 作家の島田雅彦氏は「討論では、国会での答弁のような感情をむき出しにした発言がなく、言い慣れたことを言い慣れた口調で話していた」とみる。「ことばと国家」などの著書がある言語学者の田中克彦中京大学教授も「挑戦を受ける側だから、しっぽを出さないように気をつけていただけ」と、この日は「総裁当確」が確実視されているからか、余裕ばかり目立ったことを指摘する。

 小泉語は、「米百俵」「聖域なき構造改革」など歯切れのいい言葉遣いで、政権発足直後には流行語大賞も受賞した。だがその後は、言葉に中身がないことが見透かされてきたためか「ワンフレーズポリティックス」など批判されることも多くなっている。さらに「この程度の約束(公約)を守らないことはたいしたことではない」(今年一月衆院予算委)など開き直りともとれる発言が目立つ。歴代首相のタブーだった「改憲発言」もスルッと飛び出した。

 政治評論家の小林吉弥氏は「断定調で絶叫し、過激なふうに見えるが、実は中身は何にもない。その場その場で、感覚で話しているだけ。だが国民の風向きを感覚的につかみ、うまくその方向に言葉を飛ばしている。軽いのでよく飛ぶ」と小泉語を分析する。

 一方、中身の濃さ、過激さでは他の追随を許さないのが石原都知事だ。

 十日の田中均外務審議官宅での不審物事件について、亀井氏の応援演説中に都の治安を守る立場にありながら「何やっているんですか。田中均っていうやつは、今度、爆弾仕掛けられた。当たり前の話だ」と言い放った。十一日になって「(テロ行為は)悪いに決まっている」と釈明したが、本音が露呈した格好だ。

 石原知事は就任早々の「三国人」発言に始まり、共産党に対し「ハイエナという下劣な獣に似ている」、田中真紀子外相には「更年期障害」、さらには「文明がもたらした最も有害なものはババア」などと分かりやすい「暴言」を繰り返している。

 小林氏は「石原知事はもともと“確信犯”だ。首相ではなく、都知事だからギリギリ目こぼしされている範囲で、タカ派な発言を繰り返している」と石原語の特徴を説明する。「ただ、テロを容認したも同然の今回の『当たり前』発言は行き過ぎで、許されない」と指摘する。

 評論家の石川好氏は、イラク特措法の焦点だった戦闘地域の認定問題への「『分かるわけない』などの発言から分かるが、小泉首相は自信過剰。こんな内容の発言をしたらブッシュ米大統領でさえ今ごろ辞職だ。石原発言については都庁に抗議の電話をかけたが、首都のトップとはとうてい思えない。彼はテロリストそのものだ」と断罪する。

 だが小泉首相と石原知事、発言の傾向は違うものの「大衆の人気」という共通点がある。最新の世論調査での小泉政権支持率は約六割。このところそれが上昇傾向だ。今回の石原発言に対しても「正確な集計ではないが、批判意見の一方で『よろしい』という賛成意見も少なからずあった」(都生活文化局)という。

 島田氏は「同じような政策を話しても聞き流されるだけだが、石原発言はその中に“毒”を盛り込む、それで注目が集まる。その意味で、首相も都知事もメディアの使い方にたけている」とメディアを利用した“言語力”の高さを認める。

 一方で政治家の暴言を許容する社会にも問題があると田中教授は言う。「ナチス・ドイツ発足前のワイマール共和国の崩壊時に酷似している」と分析。「ヒトラーが『ユダヤ人がいるから国が良くならない』と言ったように石原都知事は『中国人がいるから犯罪が起きる』と言っている。国民の不満のスケープゴートに他民族を使っている」と指摘する。

 都築教授も「国民が苦しい状態にあるとき、特定の人や国をスケープゴートにして、困難の原因をかぶせるのは、古典的な政治手法。ファシストが行ったことだが、欲求不満が高まっている社会は歓迎する」と同意見だ。石原知事自身も十一日の田中氏問題への釈明の際「国民の怒りが詰まって詰まってああいう形になった」と不満を感じてのことと発言した。

 その上で今回の石原発言についても「拉致問題の進展で、外務省の態度に国民はまだるっこさを感じている。石原知事は、ごく普通の人の素朴な感情をそのまま口に出したもの。最近の政治家の“失言”もほとんど、聴衆の“代弁者”として振る舞った結果だ」と指摘する。

 田中教授も「二人とも計算でなく本心で言っている。それが受けるので、ますますへっちゃらに思っているのでは」と発言側と聴衆心理の相乗効果を挙げる。

 言葉の重みをより感じなければならない政治家にはどんな言語が求められるのか。田中教授は「聞こえの良い言葉にだまされてはいけない。謙虚さと自分の発言を反省できる、むしろぼくとつな政治家が良いのでは」とする。

 ■政治家は感情制御し発言を

 都築教授は「本来は政治家にとって、感情をコントロールして発言することが一番の要件だ」と強調する。「例えば、凶悪な少年犯罪が増えている現実に対して、防犯や教育などの政策を考えるのが政治家の責務だ。『(犯罪少年の)親は市中引き回しの上打ち首だ』などと国民感情を“代弁”してみせるのは筋が違う」と話す。

 小林氏は最後にこう断言した。「『綸(りん)言汗のごとし』といわれるが、政治家は一度口にした言葉は実行しなければならない」

東京新聞