【ねこまたぎ通信】

Σ(゜◇゜;)  たちぶく~~ Σ(゜◇゜;)

PUBLICITY No.1007(2004/09/07/火)

そして風だけが肩を抱いてくれる

それでも、心は高みに飛ぼうとする

アンナ・ポリトコフスカヤチェチェン やめられない戦争』
p101


「PUBLICITY」(パブリシティー) 編集人:竹山 徹朗
E-mail:freespeech21@infoseek.jp
blog:http://takeyama.jugem.cc/

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        ◆◇今号の目次◇◆


【めでぃあ・オフノート】
▼「スチュワーデスには紅茶だけを頼んだ」
――アンナ・ポリトコフスカヤの運命


【めでぃあ・オフノート】  

▼本誌読者には、久々に情報の洪水を浴びていただこう。


私は生きていたい。

でもそれよりもっと、大声で泣き叫びたい。

イーラが持っていた黄色いバラはちっともしおれず、
まるで凍り付いたように私の机の横で咲いている。

モスクワはとても寒く、かさかさで雪もない。
まるで砂漠の冬。風、石のように固い地面。
白い綿毛のような雪はどこにもない。
私たちは2003年を生き抜けるのだろうか?

私には肯定的な答えはない。
そしてすべての悲劇はいつでも私たちを待ち構えている。

2002年10月
アンナ・ポリトコフスカヤ

チェチェン やめられない戦争』p360

▼読者から、『チェチェン やめられない戦争』の著者アンナ・ポリトコフスカヤ氏が服毒したらしい、というメールをいただいた。

いつ? 9月1日夜。
なぜ? わからない。
どこで? 飛行機の中で!

以下、「Chechen Watch」(チェチェン・ウォッチ)というwebサイトに載っていたChiaki氏、kazuokada氏、CN編集氏らの投稿から。主に、野党系ロシアインターネット新聞grani.ru
や、彼女が務める新聞社の記事の翻訳だそうだ。この「Chechen Watch」は検索エンジンですぐに見つかる。

▼その前に。現状で、「武装占拠グループには、1人もチェチェン人はいなかった」という報道もある。「捕まった犯人の一人はチェチェン訛りがあった」という報道もある。「その犯人の名前は、すでに刑務所に入っている人間の名前だ」という報道もある。不確定な情報が多すぎるので、ベスランでの事件については、ちょっと控えておく。

ここでは一人のジャーナリストと、彼女と共に生きる世界の運命について考える縁(よすが)としたい。

▼彼女は9月1日、北オセチア共和国ベスランの学校を占拠した武装グループから交渉人として指名されたレオニード・ロシャーリ医師に同行しようとして、飛行機の搭乗を拒否された。別便で飛ぶことも拒否された。ロシャーリ医師への同行を希望した他のジャーナリストに対しても、同様の措置だった。

カラト航空という航空会社の、ロストフ・ナ・ドヌー行き便(そこから車でベスランに向かう予定だった)のパイロットが、機長権限で彼女を自分の機に乗せた。

9月1日23時ごろ、彼女はその飛行機でロストフに到着直後、急に体調を崩し意識不明の重態となった。

▼「ノーヴァヤ・ガゼータ紙」からの告知。(竹山の註:ノーヴァアヤ・ガゼータ、ノーバヤ・ガゼータ等の表記もあるが、ここでは『チェチェン やめられない戦争』の表記に合わせる)


9月1日の午後11時ごろ、「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙記者アンナ・ポリトコフスカヤは、ロストフ・ナ・ドンの空港の滑走路上で意識を失い、病院に搬送されました。

本紙編集長D.A.Muratov と、副編集長 S.M. Sokolov の、ロストフからの連絡によると、モスクワ時間で2日午後8時現在、ポリトコフスカヤの症状は引き続き重いものの、今のところ悪化の兆候は見られません。

空港当局と病院への搬送により、最初の危機は乗り越えたようですが、医師たちは引き続き厳重な監視が必要としています。現在の診断結果は(薬物)中毒で、理由は明らかになっていません。専門施設での分析にはあと3日程度かかる見込みです。


▼同じくノーヴァヤ・ガゼータ紙のセルゲイ・ソコロフ、ドミトリー・ムラートフ両記者による、より詳細な報告。


アンナ・ポリトコフスカヤに何が起こったのか?」
当紙評論員の健康状態と
ロストフ・ナ・ドヌーにおける9月1−2日の出来事
http://jp.msnusers.com/ChechenWatch/general.msnw?action=get_message&mview=0&ID_Message=1431&LastModified=4675487829383148378

この悲劇の日々、数百人に上る我が同僚ジャーナリスト、国の役人たち、そして読者が当紙評論員の運命について深い関心を寄せてきた。彼らは、もしも彼女がベスランにいてくれたら有益だと考えていたのだ。

しかし、ポリトコフスカヤはベスランに行きつけなかった。


9月1日夕刻。ポリトコフスカヤは編集部の車でブヌーコボ空港に向かった。

それまでに彼女は、一連のロシアの政治家たち、そしてロンドンにいるマスハードフの代表、アフメド・ザカーエフと連絡を取り合った。

彼女の予想では、テロリストたちと接触するには事は迅速に運ばなくてはならないというものだった。

逡巡は許されない。子供たちを救わねば。

マスハードフが行って、彼らと交渉する。」ザカーエフは、マスハードフは如何なる条件も身の安全保証なしですら、それを行う用意があると言っていると伝えていた。

ブヌーコボ空港ではウラジカフカス行きの便が運休してしまった。最寄りの町への便も取り消された。

3回彼女は搭乗手続きを取って、3回出発できなかった。編集部ではロストフに飛ばしてそこから車で送ろうと言うことに決めた。

「カラト」航空がアンナを機上に迎えた。

ここが重要な詳細だが、ポリトコフスカヤは、丸一日食事が取れなかった。

機上での食事を、彼女は経験の豊富な人間として、断った。彼女は非常食にオートミールを持っていたのだ。彼女の気分は爽快だった。

スチュワーデスには紅茶だけを頼んだ。

それから10分後、出された紅茶を飲んだ直後、ようやくスチュアーデスを呼ぶと彼女は気を失った。

この後のことを彼女は断片的にしか覚えていない。

ロストフ空港診療室の医師たちは信じがたい努力をしてくれた。彼らは瀕死の状態から彼女を蘇生させてくれたのだ。そして、ロストフ市立第一病院感染症部門の医師たちも几帳面に治療を続けた。

例えばペットボトルを湯たんぽ代わりに使うような、全く哀れな条件下ではあったが全力を挙げて、健康回復への努力を続けてくれた。点滴や注射を続けて翌朝には正常な意識を取り戻すまでに至った。

我々の同僚である「イズベスチア」紙のグリゴリー・ヤブリンスキー、ソロドヴニコフ将軍は、当初医師が「ほぼ絶望」という状況から、彼女を救い出すことに全力を傾けた。

9月3日の夕刻、ある銀行家の好意により我々は、アンナを自家用機でモスクワのある病院に運ぶことができた。ロストフの医師たちが移送には付き添ってくれた。

ロストフの試験室の分析は未だ終わっていない。空港で採られた最初の分析は不確かな理由で抹殺されている。

モスクワの医師ははっきりと言明している。毒物の種類は未だ不明だが、毒物が彼女の内臓に入ったのは機内でのことであると。

全てが明らかとなるまで、陰謀説を大げさに言い立てたくはない。

しかし、「ラジオ・リバティー」のバビツキー記者の身に起こったありもしない爆発物所持!の嫌疑による北コーカサスへの便への搭乗妨害とポリトコフスカヤの身に起こった事を見れば、チェチェン問題で権威あるジャーナリストをベスランでの悲劇の解明から遠ざけようという動きがあったことは明らかである。

現在、ポリトコフスカヤは医師団の治療を受けながら自宅にいる。医師たちは正体不明の毒物により腎臓・肝臓・内分泌系に深刻な障害を来している。完全な回復にどのくらいの日数が要るのかは、未だ不明だ。

ポリトコフスカヤにとって地位など関係ない、ただ自分しかできぬジャーナリストの仕事をすすめるだけだ。

テロ行為もそれを留めることができようか?


セルゲイ・ソコロフ、ドミトリー・ムラートフ  
ロストフ・ナ・ドヌー/モスクワ

ノーヴァヤ・ガゼータ紙
http://www.novayagazeta.ru/sob/politkovskaya.shtml
2004-09-04


▼当然、予断は許されないだろうが。

ドミトリー・ムラートフ氏は同紙の編集長。アンナ氏が倒れたことを知るとすぐ現場に向かったそうだ。かつて同紙スタッフのユーリー・シチェコーチヒン氏が、放射性タリウムによって毒殺された例があったからだという。なんだよ、放射性タリウムによる毒殺って!

どの国も自由な言論を弾圧するものだが、毒殺されそうになるジャーナリストは今のニッポンにいるだろうか。権力者がマジギレするような文を、燃え盛る炎を宿した文を書ける人が! 竹中労なら、このインターネット社会で命を狙われていただろうか。


▼アンナさんを巡る情報をもう少し纏めておこう。あの本の、叩きつけるような、それでいて詩へと昇華していきそうな文体――それは訳者である三浦みどり氏の労も含まれていよう――にぼくは惚れ込んでしまったのだ。

中国新聞は9月5日付朝刊の読書欄で、『チェチェン やめられない戦争』(三浦みどり訳)を紹介している(記事は下斗米伸夫・法政大教授)。「内から見た暴力連鎖」と付けられた見出しはこの本の核心の一つをつかんでいると思う。

▼また、熊本日日新聞では9月4日付コラム「新生面」で同書を紹介し、早くも「一部の情報では、学校占拠事件を取材しようとしたアンナさんは、毒物を飲まされ意識不明という」と報じている。日本の紙媒体としては最も早い報道ではないだろうか。

共同通信のアンナさんへのインタビュー(2002年11月1日配信、及川仁記者)。彼女はニューヨーク生まれ。モスクワ大学ジャーナリズム学科卒業。第2次チェチェン紛争報道、そしてその反戦の論陣は名高い。このインタビュー時に44歳だから、いまは46歳か。苛酷な取材は、体力との戦いでもあるだろう――。

2002年10月に起きたチェチェン独立派によるモスクワの劇場占拠事件を、特殊部隊が使った化学兵器による人質120人以上の犠牲とともにねじ伏せたプーチン政権。アンナさんは語る。

「テロに譲歩しなかった大統領の支持率は上昇した。しかし大統領は“豪腕”の代償は高いと思い知らされることになるだろう。対チェチェン軍事作戦を批判してきた私に抗議する人も多かったが、人質たちは今『あなたが書いていたことの意味がようやく分かった』と電話してくる」

人質に100人以上もの犠牲者が出たことに批判が少ないのはなぜか。

「ロシア国民の間に(強権体制の)スターリン時代の雰囲気が復活しつつある。『木を切れば木っ端が飛ぶ(大事業に多少の犠牲は付き物)』という言い回しがあるが、“人民の敵”のせん滅に当たって、誰かが偶然死ぬことになっても構わないという考え方はおぞましい」

ロシアのメディアをめぐる状況は。

「(1999年からの)第二次チェチェン紛争では、ジャーナリストは紛争と完全に切り離され、真実の情報へのアクセスが厳しく禁止されている。すべてが『テロとの不屈の戦い』という建前の前に屈しているのが実情だ」

▼また、2002年11月1日付の「しんぶん赤旗」(北條伸矢記者)では、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)が同10月29日にモスクワで行った記者会見(ロシアの人権侵害に関する報告書「ロシア連邦=正義の否定」を発表)に出席した彼女の声を紹介している。

チェチェンでは、軍人の犯罪行為を告発できない状態にある。司法が機能していない」――この一言は、『チェチェン やめられない戦争』を読んで、最も重く残った印象を要約している。ページが進むにつれ、「政府」や「国家」の果たすべき役割、その重要性を痛感するのだ。

▼2002年10月27日付の朝日新聞(横村出記者)では、「25日に武装グループから交渉役に指名されたジャーナリスト」である彼女の、「極限状態の人質たちが『死ぬ心の準備を始めている』様子をみて、衝撃を受けた」様子を報じている。


▼「黒い未亡人部隊」と呼ばれる「テロ組織」がある。

チェチェン戦争で夫を奪われた女性たちによる部隊だ。ベスラン事件直前の旅客機同時墜落やモスクワの地下鉄駅爆破にも関係していたとされる。上に記した2002年10月の劇場占拠事件でも、犯人グループに女性がいた。

黒い未亡人。イスラームの影。秘密めいた印象。

振り払え。振り払え。虚像を振り払え!
名づけて不気味がっている場合ではない。何の意味もないばかりか有害でしかない。


アイシャト・スレイマーノヴァの息子の眼を世界が見てくれたら!

いじめ尽くされたならず者の眼、その父親は、やはりならず者だからと言って殺され、母親もならず者だからと言って障害を負わされてしまった、その息子の眼を。

(中略)

戦争の三年めにして、私もハジーエフ医師も、眼に不気味な光を宿らせ、自分を痛めつけた者たちへの報復という唯一の悲願を持っているチェチェンの多くの若者たちに出会っている。
p127

この戦争の手法が効力を発揮することがあるとすれば、それはテロを増殖し、新たなレジスタンスの闘士を生み、憎悪をかき立て、血と制裁に立ち上がらせるということだ。
p155
(『チェチェン やめられない戦争』より)


▼子もいる女たち――つまり母親も含めた女たちが組織をつくって、無実の人々を殺すテロを何度も起こす、企てる。それは、虐げられたその社会の末期的な症状をあらわしているのではないのか? 「絶望的な存在証明」(加藤周一)なのではないのか? さらにそれはチェチェンだけに限ったことではない。

そのような理解は、この社会ではタブーなのだろうか。無益なのだろうか! カネにならないから? 得にならないから? 

私とは関係ないからあなたとは関係ないから?


▼「チェチェン総合情報」
hhttp://chechennews.org/index.htm

「Chechen Watch」
ttp://jp.msnusers.com/ChechenWatch/general.msnw


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