【ねこまたぎ通信】

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チェチェンニュース

Vol.04 No.28 2004.09.02 発行部数:1123部
Webサイト: http://chechennews.org/

チェチェン ――― 失敗した侵略 (大富亮/チェチェンニュース)

●最悪の1週間

つぎつぎと事件が起こっている。

 先週、ロシア南部で二機の旅客機が墜落したかと思えば、おとといはモスクワ市内で10人の死者を出す爆破事件がおこり、昨日の朝には北カフカス北オセチア共和国で学校が占拠され、人質は300人になるという。これらに紛れこむように、親ロシア派の新しい大統領を選ぶ官製選挙も行われた。

 すべての暴力に、枕詞のように「チェチェンが関与」という見出しが躍り、ここ10年間チェチェンを助けて来た人々の胸には、いままでにも感じたことのある、複雑な失望が突きつけられている。私には、それらの犯人が誰で、これから人質事件がどうなるかを書くことはできない。ただ、背景を、一冊の本をもとに示すことはできると思う。つまり、チェチェン戦争について。

 ロシアの記者、アンナ・ポリトコフスカヤの「チェチェン やめられない戦争」(NHK出版)が、とうとう刊行された。彼女はロシアの新聞「ノーバヤ・ガゼータ」の記者。第二次チェチェン戦争が始まったとき、社命でチェチェンを取材してからというもの、チェチェンへの関心は彼女の胸を去ろうとしない。

 チェチェンはロシア政府によって封鎖され、外国のジャーナリストが自由に取材することはできない。しかし彼女は、煩瑣な手続きに耐えて毎月のようにチェチェンに行き、戦争の現実を、そこに住む人々から聞き取っていった。空爆と地上戦によって荒廃しつくしたチェチェンの土を踏みしめ、ときに彼女自身、ロシア軍に拘束され、「おぞましく、割愛するしかない」よう
な扱いを受けながら。

●戦争:人々の欲望の最悪の成り行き

 読者は、この戦争がいくつかの複合した原因で成り立っていることに気が付くはずだ。まず、ロシア政府・軍部による侵略という原因。「掃討作戦」とは、チェチェン市民からの財産の略奪の別名だ。これは、主に下級兵士たちの取り分になる。そしてチェチェン人を誘拐して身代金を取る作業は、将校たちの稼ぎになる。次にポリトコフスカヤは、国防省の文書庫を渉猟して、さらに上級の将軍たちがチェチェン戦争をどのように食い物にしているか、その重要な部分を明らかにしている。

 掃討作戦の途中で、チェチェン女性が強姦・殺害されることもあるが、運の悪い戦車隊のブダーノフ大佐のような人物でもなければ、裁判にかけられることもない。女性たちの運が悪いのではない。それはほとんど必然的な災厄で、加害者が訴追されるほうが例外なのだ。

 抵抗を続けるチェチェンの独立派はどうか。国民と国際世論に活発に訴えるよりも、地下に追われて沈黙することを選ぶようになってしまった大統領マスハドフ。金(とおそらく特殊な名誉欲)のためにどんなことでもする野戦司令官バサーエフ、そして、中東からの資金を取り次ぐことで最後まで彼を支えたハッターブ。親ロシア派の政治家や役人にいたっては、汚職と石油売買の利権争いに忙しく、「ロシア人よりひどい。すべてを知っていて、何もしない」そう市民の一人は吐露する。ポリトコフスカヤは、これらのプレイヤーの誰にも好意を示さない。ロンドンに亡命しているマスハドフのスポークスマン、ザカーエフとの多少の友情をほのめかす他には。

 彼女の目を通して見るチェチェンの惨劇は、人間の欲望の最悪の成り行きだ。いま、チェチェンで実際に抵抗を続けている人々は、ロシア軍に肉親を残虐に殺された人々の小部隊であり、彼らは大統領や、司令部といった中心的な存在を持たない。このことはロシア側にとっても、イスラムの大義をかかげる側にとっても都合が悪い。そこで、「対テロ作戦」や「ジハード」など、プロパガンダ臭のする粉飾が繰り返される。

 ここで日本に戻ろう。

 いつになくたくさんの記事が、いっせいにチェチェン問題とテロを結びつけようとしているこのごろ、手に入る限りの新聞を切り抜いて読む作業をするうちに気が付いたことがある。「人権」という言葉がほとんどないのだ。それらを読むと、まるで地の果ての野蛮な国チェチェンが、ロシアの言うことに従わないばかりか、文明を踏みにじるためにテロを続けている、そんな
印象を受ける。

 「地の果ての野蛮な国」では、まるでかつての「蝦夷」か何かのようだが、そうなるのは、とても簡単な理由がある。書き手が取材せず、また聞きの情報しかないから「地の果て」になってしまい、片方の暴力だけを報道するから、「野蛮」になるのだ。そして最大の見落としは、チェチェンに暮らす人々がどんな苦痛をこうむっているかを、誰も書こうとしないことだ。いくつかの事件がチェチェンのゲリラのしわざであったとして、「報復」と書くのなら、何に対する報復なのかを示さなければ、何かを書いたことにはならないのに。

●国家によるテロリズム

 なるほど、飛行機に爆弾をしかけて撃墜し、乗っている人々を殺すことは犯罪でしかない。政治的な目的がそこ加わればテロだろう。しかし、飛行機から爆弾を降らせて都市を焼け野原にしたり、難民たちの車列と知りつつ上空から機銃掃射し、国際赤十字の職員もろとも殺戮することはテロリズムではないのか。99年のチェチェン再侵攻の時、ロシア軍はためらうことなくそうした。その後の展開はポリトコフスカヤの本に記されているとおりで、正直なところ、ページをめくるのが怖くなる時がある。

 日本では、こういう考え方はまだ一般的ではないかも知れないが、チェチェン戦争とは、ロシアによる侵略戦争だ。初めは、この土地の人々が独立宣言したことに対する敵意と、エリツィン政権の延命のためだった。94年の第一次チェチェン戦争の直前、ロシア安全保障会議のロボフ書記が「われわれには勝利をもたらす小さな戦争が必要だ」と発言したのは、つとに有名だ。

 侵略は明らかに失敗しようとしている。対テロ作戦どころか、隠しようもない犯罪が毎日繰り返されている。軍と特務機関、オリガルヒや軍産複合体がそれぞれの利権のために行動し、ロシア領内でのチェチェン関係の事件は増加し、戦争全体がクレムリンにとって制御不能なものになっている。これが、続発するテロ事件の背景だ。

 ひとつの地域紛争の舞台であるチェチェンにも、過去と、現在と、未来がある。こういうことを書きつづけている私の経験では、一番関心を持って聞かれるのは、現在のチェチェンがどうなっているかだ。たとえば、チェチェンアルカイダがいるか、とか。「アルカイダとの関係があるとされるチェチェン独立派の犯行とみられている」といった無責任な言葉は、日々の新聞でお馴染みでもある。帝政ロシアの侵略に始まる、チェチェン戦争の過去の歴史を知りたがる人は、どちらかというと奇特な人に入る。二番目に聞かれるのは、「これからどうなりますか」という質問で、これは未来のことだ。

●情報封鎖の意味すること

 このニュースレターを読む人の中には、レポートのためにチェチェン問題をおおざっぱに理解したいという学生もいれば、情報を集めて「客観的」に報道するプロも大勢いると思う。そういう人たちにも、そうでない人たちにも、提案したいことがある。

 まず、チェチェンとロシアの置かれた状況を、自分とは関係ないものとして捉えることを、もうやめよう。その立場は無害どころか危険だ。私たちが調べ、それぞれの視点から意見を発表したり、報道することそのものが、悲惨な戦争の終わりを、早めもすれば、遅めもする。今のように、ロシア政府の政策に無批判な報道(たとえば「人権」の二文字が使われない記事)が続けば、それは「客観報道」のつもりでも、この悲惨な戦争の終わりを後に延ばす役割を果たし、人権侵害を続行させる力になるだろう。続けることで得をし、批判もされない仕事を、進んでやめようとする政治家や官僚、軍人など稀なのだから。

 私たちがチェチェン人を直接助け出すことは、たぶん、ほとんどできない。けれども、きわめて効果的な武器はある。わたしたちは今、何冊もの本を手に入れることができ、星の数ほどあるインターネットサイトから情報を得て、それをもとに考えることができる。武器は容易にチェチェンに流れ込んでも、ジャーナリストは入れない。その封鎖が意味することは―――ロシア政府がもっとも恐れているのは、チェチェンで何が起こっているかを、世界が知るという「危険」だ。

 だから、時間の歯車を早めて人の命を救うことも不可能ではない。人権侵害と未曾有の貧困に苦しむチェチェンの人々を意識しながら、報道し、文化を紹介し、授業や研究会で発表しよう。さらに一歩進めると、ホームページやウェブログで意見を書き込んだり、新聞やロシア大使館宛てに投書したり、芸術の場に引っ張り出すことができる。たとえば歌でチェチェンを歌ったっていい。考えつく、あらゆる場でチェチェンにスポットライトをあてれば、確実に関心は高まっていくはずだ。

 私たちはチェチェンを知ることができる。それはそのまま、チェチェンの情勢を良くし、いまより安定した地域にする、その可能性をつかんでいるということだ。


チェチェン やめられない戦争

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