【ねこまたぎ通信】

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ビルマ人女性が中国でたどる悲惨な運命人身売買、逃亡、売春、そしてエイズ感染貧困がもたらす厳しい現実

15 February 2004

 軍事政権が実権を握るビルマ(現ミャンマー)は、東南アジア諸国連合ASEAN)に加盟し、疲弊した経済の再建に着手しているものの、開発政策の実績は一向に上がっていない。そうした現状下、貧しさに耐え切れなくなったビルマ人女性の中に、仕事とより良い収入を求め、人身売買ブローカーの甘言にだまされ、中国に売られていく者たちがいる。女性たちは中国人男性にカネで買われたり、売春を強いられることになる。ビルマと接する中国側の町に集まってくるビルマ人女性たちの悲惨な運命を報告する。
 【中国・ルイリ(ノーセン記者)】ビルマ(現ミャンマー)北東部と接する中国・雲南省の町ルイリ。ビルマ人女性ナンダルさんは今、この国境の町にある小さく、ごみごみとしたアパートに住んでいる。アパートは売春宿も兼ねている。ナンダルさんは売春を生活の糧にしていないが、将来、どうなるかは分からない。

 ナンダルさんがこの町で暮らす限り、生活を支えるには自らを売る以外に手段はないからだ。ここではビルマからやって来た女性たちの多くが、白く厚化粧をし、男たちに媚を売りながら日々の暮らしを続けている。

▽カネで買われ中国人の妻に

 中国東部・安徽省省都合肥に住んでいたナンダルさんはこのほど、3年前に結婚した夫の元から逃れ、ルイリにやって来た。ナンダルさんはビルマからだまされて中国に連れてこられ、農民である中国男性にカネで買われたのだ。

 ナンダルさんはビルマ第2の都市マンダレーに近い小村に住んでいたが、16歳の時に村の男性と肉体関係を持ってしまった。ビルマ人女性にとり婚前交渉はタブーで、これを知ったナンダルさんの母親が彼女を家から追い出してしまった。

 そのうえ、信じていた男友達ともけんか別れをしてしまった。「死のうと思った」。ナンダルさんは当時の辛さをこう振り返った。そんな折、希望を失ったナンダルさんに、ビルマ人の女性手配師から「中国側の食堂で働かないか」との誘いがかかった。月給は3万チャット(実勢レートで約3000円)と言われた。17歳の時だった。

 ナンダルさんはこの女性手配師に連れられて国境を越えて中国へ行った。これが彼女の苦しい日々の始まりとなった。国境の町ルイリに着いたナンダルさんは、同行していた別のビルマ人女性4人とともに、人身売買を商売とする中国人ブローカーに売られてしまった。

▽年齢と容姿で決まる「売値」

 ナンダルさんら若い女性たち5人は、中国側に入ると直ぐに注射で意識を奪われ、千キロも東に行った江蘇省に運ばれた。ナンダルさんたちはここで別のブローカーに“転売”され、さらに安徽省に連れて行かれた。

 安徽省には2週間滞在し、その間、何人もの男たちがナンダルさんたちを“品定め”にやって来た。ナンダルさんは農民の男に1万8000元(約22万9000円)で売り渡された。他の4人の女性たちも年齢と容姿によって、約6万3000円から約25万5000円で買われていった。

 中国ではビルマベトナムといった近隣諸国の女性を「嫁」として売り買いするビジネスが盛んだ。そうした裏では、多くの外国人女性たちがだまされて中国に連れてこられているという。つまり、人身売買であり、女性たちはカネで自由を奪われているのだ。

 では、どうして中国でこうした人身売買が盛んなのだろうか。第一の理由が1980年代から続く開放政策だ。次いで、高度経済成長に伴う貧富差の拡大。さらには「一人っ子政策」がもたらす人口構成のひずみ。同政策の結果、男性に比べ女性の数が少なくなっている。満足に結納金も払えない男たちは、人身売買ブローカーの助けを借りて、外国人女性を「嫁」として買うのだ。中国では「嫁買い」が珍しくはなくなっている。

▽女性を襲うエイズと麻薬

 こうした社会的風潮から、国境の町ルイリンは近年、大いに栄えるようになった。今では、麻薬売買と売春とが待ちの名物となり、国内および近隣諸国の生活苦にあえぐじょせいたちが働き口を求めて、この町にやって来る。

 ビルマからやって来た女性たちは大半が違法出国であり、このためその後に帰国しようとしても、ビルマ軍事政権下では相当の危険が伴う。中国人男性の「嫁」などになり、逃げてきた女性たちは、帰国したさにこのルイリに集まってくるが、どうすることもできないまま、生活費を得るため体を売るようになる。女性たちの中にはエイズ感染や麻薬中毒で死亡する者たちが後を絶たない。

▽夫と子供残して逃亡

 ナンダルさんの境遇に話を戻してみよう。中国に連れてこられたナンダルさんは安徽省省都合肥の農民に買われた。中国人の夫は現在50歳。毎日を畑仕事、家畜の世話、家事などで過ごしてきた。彼女は1年後に男の子を出産した。

 「なんとしてもビルマに帰りたかったが、子供の顔を見ると、どうしても家を出られなかった」。しかし、ナンダルさんの頭から、夫そして中国から自由になりたい、との思いが消えることはなかった。そして、ある日、夫と口論したナンダルさんはねずみ退治用の毒薬を飲んだ。「死にかけた」が、3日間入院した後、家に戻った。

 村にはもう1人、同じ境遇のビルマ人女性がおり、知り合いとなった。しかし、村人たちにはナンダルさんら2人は雲南省出身と偽り、ビルマ人であることを隠し通してきた。

 病院から戻って数日後、ナンダルさんら2人は意を決し、それぞれの夫と家族を残し、3時間走りに走って地元警察に逃げ込んだ。警察は2人をビルマと隣接するルイリに戻した。

▽帰国に伴う大きな危険

 ビルマ側の当局者によると、同国政府は女性たちを人身売買の魔の手から守っていると同時に、中国から帰国したい者たちに便宜を図っているという。ビルマの女性問題委員会によると、2002年7月から03年7月までの間、中国をはじめ近隣諸国から帰国した女性は1万人以上だったという。

 そして、同党局はこの同じ期間中に、390人を人身売買容疑で逮捕し、外国に売られる寸前の女性たち1008人を無事保護したともいう。

 しかし、中国との国境地帯で活動する人権団体のメンバー、ミャマウンさんは、ミャンマー政府が発表した中国からの帰国女性数に疑いを持っている。ミャマウンさんの推定によると、中国でも安徽省湖南省広東省湖北省福建省などにいるビルマ人女性は700人を超えるという。

 また、ミャマウンさんによると、ビルマ政府は昨年、中国人の夫から逃れ、帰国したビルマ人女性2人を逮捕した。この2人は違法出国の罪で長期の禁固刑を受けたとされ、ミャマウンさんは「ビルマ人女性を中国から帰国させるのは危険になっている」と懸念している。

▽女性の犠牲で栄える国境の町

 このため中国人の夫などから逃れ、ルイリに現在滞在しているビルマ人女性が取れる選択肢は限られている。こうした女性のうちほとんどは性産業に足を踏み入れ、エイズ感染と麻薬中毒の危険に身をさらすことになる。雲南省は中国の中でもエイズ患者・感染者数が最も多くいる。2003年8月に発表された国連開発計画の報告書は「ルイリはその中でもエイズ感染者が最初に見つかった町のひとつ」としている。

 ルイリでの売春料は短時間なら約130円、泊まりでも約630円が相場という。これほど安い料金で生活するのは相当難しいが、女性たちが収入を得るには身を売る以外に手段はないのだ。

 ナンダルさんの知り合いの1人、マタンさん(37)は7年間連れ添った中国人の夫から逃れ、湖南省からルイリにやって来た。マタンさんの収入源はゴミ拾いで、1日に得られるのはわずか70円前後にすぎない。マタンさんは売春をしようにも年をとりすぎているのだ。彼女は「お金をため、いつかビルマに戻りたいと願っているが、蓄えは全くない」と声を落とす。

▽無策のビルマ政府

 こうした現状について、ビルマ人女性連合(本部・タイ)のルイリ支部長を務めるエイエイミンさんは、ビルマ政府はナンダルさんやマタンさんのような不幸を背負った女性たちを救済すべきだ、と指摘する。

 同女性連合はルイリで、ビルマ人の売春婦たちにコンドームを配り、性教育も実施している。これに対しビルマ政府は、人身売買の犠牲となったこうした女性たちに何らの救いの手も差し伸べていないという。エイエイミンさんは「人身売買や売春の元凶は貧困。これらをなくすにはビルマ経済を再建する以外に方法はない」と指摘している。

 エイエイミンさんはルイリにいるビルマ人女性たちに売春以外の仕事を見つけるよう説得しているが、そうした仕事がないのが現実だ。

 ナンダルさんもこうした厳しい状況を前に、売春をするか、それとももう一度夫の元にもどるかの2つに1つの選択肢しか残されていない。ナンダルさんの頭の中には「帰国」の二文字はない。もし、ルイリにとどまるのを選べば、ナンダルさんは「自らを犠牲にして生活費を得なければならない」ことを覚悟している。

 そして、ある日、ナンダルさんに電話が入った。受話器を手にし、相手の声を耳にしたナンダルさんの顔に戸惑いの表情が浮かんだ。声の主は安徽省に住む中国人の夫だった。電話を切ったナンダルさんは、そのまま数分間押し黙り、次に口にしたのは「夫の元に戻ったほうがいいのでしょう」という言葉だった。