【ねこまたぎ通信】

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 「性産業」における搾取の構図

「性産業」における搾取の構図 2005/08/17

http://www.janjan.jp/world/0508/0508171073/1.php


【IPS HIV/AIDS研究事業現地取材からの抜粋】

アジア各国の社会は、売春業に携わる者を伝統的な社会秩序を乱すものとして差別し、エイズ対策においても、売春業従事者の人権の保護というよりも、むしろ善良なる一般人口を売春業従事者によるHIV/AIDS感染の脅威から如何に守るかという視点の方が支配的である。これは、青少年達を売春業に追いやる社会的・文化的プッシュ要因や青少年を「性的商品」として搾取し続ける「性産業」そのものを支えている社会の「買春需要」に対して十分な認識がなされていないためと考えられる。

今後、効果的なエイズ対策を志向するには、売春業従事者への取締り・管理といった表面的な対策にとどまらず、旺盛な買春需要を背景に青少年達を売春業従事者をして「消費」しながら成長を続ける「性産業」の搾取の構図を把握していく必要がある。


売春業の分類

アジアの青少年達は各地の社会・文化的土壌における様々なプッシュ要因とプル要因を背景に、売春業へ引き込まれている、その入り方としては主に次の3通りに分類できる。


1.個人の自由な選択、或いは性解放の権利を行使する形で売買春を選ぶケース

人口の大半を占める貧困層においてこのようなケースはかなり稀である。一方、近年の経済成長を背景に出現した中流階級の子女の中には、インドネシアにおけるペレック(Perek)などのように、伝統的規範と決別しマスメディアの書き立てる物質主義的な風潮に追随して一種のファッション感覚で売春行為を行う者もいる。 

また、日本に始まった「援助交際」(注1)という一種の売春形態も近隣の台湾・韓国に広がりをみせている。これらの売春形態は概ね個人的な活動であり強制や暴力にもとづくものではないが(注2)、「性産業」からすれば格好の「労働人口予備軍」である。

なお、彼女達はエイズを含む性感染症のハイリスクグループであるが、普段は一般社会に溶け込んでいるため、感染予防・抑制対策は極めて難しい。また、犯罪に巻き込まれる危険性も高い。


注1:メコン地域の観光地、リゾート地では女性が現地の少年を買春する形態もみられるようになった。そのような買春女性観光客においても日本人女性は主要な一角を占めており、タイ・カンボディアでは通称「イエローキャブ」と呼ばれている。

注2:援助交際の動機は、「家が困窮の果て自分が犠牲となって」という日本において60年代頃まで見られた家庭の事情によるものはほとんどないが、家庭内の不和、両親の離婚、性的虐待、学校でのいじめ、などから家出した少女達が生活をしていくために売春を行うケースも少なくない。「援助交際」は小遣い欲しさに少女達が気軽に売春を行っているというイメージがマスメディア等を通じて先行しがちであるが、家庭にも学校にも居場所を失った青少年達が、自分の価値と癒しを求めて、様々な犯罪に巻き込まれていっているという社会の閉塞的な現状にこそ着目すべきである。


2.経済的困窮や両親・家族を扶養する道徳的義務感・圧力等から他に職業の選択の余地無く売春を選ぶケース

これが最も一般的なケースである。ただし、売春業に引き込まれてからの労働条件・待遇は、営業所・オーナーごとに千差万別である。多くの国において非合法とされる売春行為に携わる彼女達には労働者としての権利が法的に保証されないことを背景に、雇用者側による搾取に晒されるケースが多い。エイズをはじめとする性感染症に感染するリスクは極めて高く、その度合いは、客数のノルマやコンドームの使用を顧客に対して求められるか否か等、彼女達の自由度が制限されるほど(=搾取の度合いが大きいほど)高くなる。一方、売春宿や「性的サービス」を提供する各種事業所(注3)に所属せず、個人で売春を営む者も少なくない。


注3:ナイトクラブ、ビアガーデン、エスコートサービス、レストラン、マッサージパーラー、理容室等、国・地域によって様々であるが、当局の取締りに対応して間接的な売春システムへと潜在化してきているのが近年の傾向である。


3.誘拐、借金のかたとして、或いは騙されて「性産業」に売られ、暴力と監視の下で売春を強いられるケース

「性産業」における経済原理が最も前面に出た「現代の奴隷制」ともいえる最悪の搾取形態である。この場合、売春人の自由意志は全く認められず、オーナーとなる雇用主の下で使い捨ての「性的商品」として極限まで搾取される。その労働環境や労働条件は劣悪で、労働時間や顧客(あるいは顧客の性的趣向)を選択する権利は売春人には認められない。そのため、エイズをはじめとする性感染症に感染するリスクは極めて高い。また、強制に伴う拷問や虐待などで様々な健康障害に罹り死に至るケースや、状況に絶望して自殺を選択する犠牲者も少なくない。

近年「性産業」においては、エイズの流行を背景に性経験の少ない(=感染リスクがより低い)児童に対する「需要」が高まっており、18歳未満の児童が犯罪的手段で「性産業」に引き込まれている(注4)。その手段は、あからさまな誘拐から、仕事の紹介を装った勧誘、偽装結婚、偽りの養子縁組、そして、年季奉公を装って借金のかたとして子供達を連行していくもの等、多岐にわたっている(注5)。さらに、人身売買のネットワークには国際的な犯罪組織が密接に関与している場合が多く、子供達は国境を越えて、より所得レベルが高い国々へ「輸出」(或いはより所得が低い国から「輸入」)されている。


注4:就労のための法的資格が与えられていない子供たちは医療や社会福祉サービスを受けることができない。また、親が借金するために子供を売った場合、子供たちには移動にかかる費用などさまざまな手数料を含め多額の借金が課され、それを返済するため雇用主に酷使される。借金に付け加え、法的支援や滞在資格のない子供たちにとって、助けを求めることは極めて困難といえる。

注5:人身売買にはブローカーや警察当局、移動や雇用の調整役、さらには親類・友人が関与しているケースも多い。(ILO 2001)。


「性産業」における売春婦のライフサイクル

「性産業」に引き込まれた女性のライフサイクルは短く、多くが10代半ばで売春婦に仕立て上げられるが、HIV/AIDS感染を含む性感染症の感染リスクに悩まされながら加齢と経験に伴って急速に市場価値を失い(注6)、20代前半には後続の若い売春婦に対抗できず、売春産業の経営者から捨てられる。そして、社会の偏見に晒されながら他の選択の余地もなく、「性産業」周辺の様々な職種につきながら、私娼としてより感染リスクの高い売春行為を継続していくものが少なくない。ここでは、HIV/AIDS感染リスクとの相関関係を考察しながら、「性産業」における売春婦のライフサイクルを段階別に概観する。


注6:通常の職業では、経験と知識に応じて業界における地位と生活待遇が向上し、キャリアの階段を登っていくものであるが、「性産業」の世界では「性商品」としての若さと未経験さが顧客の需要を左右するため、売春婦達は、労働力として市場に投入された時点から、キャリアの階段を降下していくよう運命付けられている。欧米諸国では、売春婦の経験はポジティブに捉えられる傾向もあるが、概してアジア文化圏では、性経験が乏しく男性の前で従順な女性像が評価される傾向にある。従って、性経験に長けた女性はかえって顧客に疎まれる傾向にある。


1.Initiation:(「性産業」への導入:10代前半〜中頃)

少女達が前項の様々な経緯から「性産業」に連れてこられて、最初に買春顧客をあてがわれることをInitiationと言い、この時点から少女達の売春婦としてのライフサイクルがはじまる。「性産業」に連れてこられる少女達の多くは10代前半から半ばの性経験の無い、あるいは少ない少女達である。彼女達「新入り」は、近年のHIV/AIDSの流行を背景に、性感染症と縁がない“Clean and disease-free”な売春婦として市場価値が高まっており、「性産業」に投入されて数ヶ月間は、若い未経験な少女を求めて買春顧客が殺到する。中でも処女は、性感染症感染リスクが皆無ということで高値で取引されている(注7)。

しかし現実には、感染リスクが少ないとの安心感から、買春顧客がコンドームの使用を拒否するケースが最も多いのも、この交渉知識も満足にない若年層の売春婦達である。皮肉なことに、売春婦にとってHIV/AIDS感染リスクが最も高いのがこの「性産業」への導入時期である。


注7:タイ−ミャンマーの国境メーサイは処女の買春で有名なところで、1人当たり数百ドルの値段で取引されている。処女との性交については、アジア全域において様々な誤った風評が信奉されており、このように処女買春を目指してメコン地域の売春宿を訪れるものが後を絶たない。それらの風評の中には、「処女と性交することにより若い力を吸収し寿命を延ばすことができる」とか「処女と性交することによってエイズを治すことができる」などがある。

プノンペンのある高級ホテルでは、13歳から15歳程度の処女がホテルのスイートに宿泊中の顧客のもとに宅配されてきており、顧客は数日から1週間程度、性感染症への感染を気にすることなく買春をしている。その間、少女は暴力団の監視があるためホテルから逃げられない。このような処女の相場は$500で、Initiationを終えた少女達は、その後2ヶ月は1回の買春料金が$10、3ヶ月以降は$5からビール1杯相当へと急速に市場価値が落ちていく」(Sam, Hotel Manager)


2.Seasoning:(「性産業」による売春婦の抵抗意思の破壊:10代前半〜中頃)

「性産業」に引き込まれる少女達の背景は様々で、中には売春婦をさせられることを知らされず売春宿に騙されて連れてこられた者や、「性産業」で働くことは漠然としたイメージとしては捉えていても、実際に顧客を取らされて始めてその実態を把握した者など、自分が新たに置かれた境遇・条件に対して抵抗を示すものも少なくない。この段階で「性産業」が用いるのがSeasoningというプロセスで、少女達の過去のアイデンティティーとそれに起因する抵抗意思を徹底的に破壊し、買春顧客へのサービスに徹する「性商品」へと仕立てるべく、様々な精神的・肉体的圧力を加える。

代表的な手法としては、1)監禁・強姦を繰り返し、「自分は元の生活には戻れない価値のない人間」と思い込ませる(注8)、2)本人の殺害や家族へ危害を加えることを仄めかす、3)逃亡や反抗した他の売春婦を拷問にかけてみせしめとする(注9)、4)麻薬中毒にして自己決定力を麻痺させる(注10)、などがある。また、「性産業」は、少女同士の団結・抵抗を回避するため、売春婦の一部を密告者に仕立てて監視・反目を煽ったり(注11)、他の売春宿への転売を頻繁に行う(注12)。


注8:アジアの伝統的価値観である、未婚女性の純潔を強調する「性の二重基準」を逆手に利用した手法で、女性自身、「強姦」を繰り返されることで、「性産業」側が仄めかす「自分にはもう結婚する価値がない」「汚れた女として故郷で差別される」等の偏見を信じ込んでしまい新しい状況を受け入れてしまう傾向にある。

注9:「売春宿のオーナーに接客を拒否して陰部に硫酸を撒かれて拷問をうけた娘、激しい拷問と殴打で惨い姿にされた娘、胸や乳首にタバコの火を押し付けられて接客を強要された娘……私は売春宿で不幸な娘達を見てきた」(Sunita、2歳の娘と共に売春宿に売られた人身売買の犠牲者)

注10:売春婦に対して麻薬やアルコールの習慣をつけさせる売春宿の経営者は少なくない。なぜなら、麻薬によって判断能力が麻痺した売春婦は、より多くの買春顧客をこなすことができるし、麻薬やアルコールにかかる費用を借金に上乗せしてさらに長期間売春婦を拘束する2重のメリットがある。また売春婦の方も、麻薬やアルコールで、悲しみや怒りなど自分の感情を麻痺させたり押し殺したりして、やりきれない状況を乗り切ろうとする。このような環境の中で、精神に異常をきたす売春婦も少なくない。

注11:売春婦は常に競争関係にあり、借金を返すために買春顧客を確保することは死活問題である。特に年長の売春婦は若い新顔と比べて不利な立場にある。経営者はこの心理を利用して比較的年長の売春婦を密偵にしたてあげ、売春婦間の反目を煽るよう仕向ける。

注12:買春顧客は、若くて新しい売春婦を求める傾向にあるため、売春宿間における売春婦のトレードは、売春婦を更に精神的に不安定で孤独な状況に追い込むと同時に、顧客に対して「新顔」としての新戦力を提供し続ける点で2重のメリットがある。同様の理由から、日本に送られてくるタイ人やフィリピン人売春婦達も全国のスナックを転々とさせられる傾向にある。


3.Acclimatization:(新たな環境への適応:10代前半〜20代前半)

新たな環境から逃げ出せないことを悟った少女達は、生きていくために必死に環境への適応を試みるようになる。この時点で「性産業」側による Seasoningプロセスは完成し、少女達は従順な「性商品」として経営者の言うままに買春顧客へのサービスを実施していく。売春宿に監禁されている売春婦達の労働環境は施設によって様々だが、一般に過酷で、ほとんど休みを与えられず、休日には通常より多くの客をとらされるところも少なくない(注13)。

また、売春婦の妊娠は経営者にとっては営業に大きく差し支えるため、ピルをはじめ様々な薬を投与して妊娠しないように管理をする。それでも妊娠した場合は、強制的に堕胎手術を受けさせ出来るだけ早期に売春婦を職場に復帰させる(注14)。また、HIV/AIDSをはじめ性感染症に感染して病気の売春婦と出すことは店のイメージダウンに繋がるため、性病検査を定期的に実施して(注15)、HIV/AIDS感染の陽性者や病気が進行して明らかに買春顧客を獲得できそうに無い売春婦は即座に追放される。

このような過酷な環境に必死で適応し、借金の返済に努力しても、売春婦が性商品としての利用価値がある間は、「性産業」は様々な仕掛けを凝らして売春婦が自由の身になることを妨害する(注16)。こうしてほとんどの売春婦は、「性産業」側が売春婦の年齢や健康状態などから商品価値が無くなったと判断するまで、徹底的に搾取される傾向にある。

注13:365日24時間営業しているところ、生理中も注射を打って働かせているところ、ホルモン剤を投与して実年齢より大人に見せかけて子供に売春を強要しているところ等、安さと若さを看板に掲げている売春宿としては、性商品である少女達から極限まで収益を得ようとする。また、下級クラスの売春宿ほど、経営者にとっては買春客の回転率が重要となってくるため、売春婦には1人の顧客の性的欲求を短時間に処理して多くの数をこなすことが要求される。

このような環境では、コンドーム使用に伴う摩擦からくる痛みと、コンドーム使用に伴う性交時間の長さを嫌う売春婦も少なくない。カンボディアで取材した売春宿では、「10分経過するとオーナーがドアをノックし、15分以内に1人の客をこなせなければ後でひどく殴られる」と回答している。


注14:タイの事例の中には、妊娠5ヶ月で堕胎手術を受けさせられ、4日後には客を取らされていたものもあった。少女達は10代で妊娠・堕胎を繰り返し、様々な性感染症にも罹るため、生き残って売春宿を出ることが出来ても、不妊症になっているケースが少なくない。過酷な売春宿での環境は、少女達の心と体に一生に渡って深い傷を残す。

注15:HIV/AIDS検査をはじめ性病検査を実施するところは比較的買春料金のレベルの高いところで、レベルが落ちていくに従って実施される可能性は低くなる。

注16:カンボディアの事例の中には、売春宿の経営者が借金返済直前の売春婦を買い物に使いにやり、その途上暴漢に襲わせて重症を負わせ、その治療費を借金に上乗せして再び売春宿に縛ったケースがあった。また、日本でタイ人女性がスナックのママを殺害した「茂原事件」のように、経営者が恣意的に売春婦に罰金を科して、借金返済を不可能にしていたケースもある。


4.Survival:(「性産業」ピラミッドを落ちてゆく中での葛藤:20代前半〜)

「性産業」における苛酷な環境を生き抜き順応した結果、せっかく経験と知識を習得しても、今度は続々投入される後続の若くて新しい売春婦の追い上げを受けることになり、加齢と長年の不健康な環境による肉体的な衰えから、相対的に買春顧客の需要は下がっていく一方になる。売春宿は一般に、売春婦の若さと未経験さを売り物としているため、彼女達は20代の前半で、売春宿を放逐されるが、他の正業への就職が見込めないことから、さらに収入の少ない「性産業」周辺の各種職業に転職し、私娼として生計を繋ごうとするものが少なくない。

またこの傾向は、「性産業」ビラミッド全体に見られる傾向で、「高給ナイトクラブ」「マッサージパーラー」「カラオケバー」における売春婦も20代前半には相対的により悪条件の施設へと移籍を余儀なくされるものが少なくない(注17)。そして、買春市場における商品価値が低下し生活環境が悪化していく中で、競争相手となるより若い売春婦に対抗するため、HIV/AIDS感染リスクがより高いサービス(コンドームなしの性交渉、肛門性交等)を提供せざるを得ない状況に追い込まれていく傾向にある。

一方、売春婦の中には、稀に「性産業」の構造を習得し、経営側の信頼を獲得して郷里に後続の売春婦をリクルートに行くなど、搾取される立場から搾取する側の中間職に立場を代えて生き残り、30代に入っても「性産業」で活躍するケースもある。ただし、全体から見ると、このような選択肢を獲得できる売春婦はごく僅かである。


注17:例えば、高級ナイトクラブやマッサージパーラーでの活躍年齢は10代後半から20代前半、その後は、時給収入では圧倒的に低い伝統式マッサージ嬢(20代後半から30代前半)、ゴーゴーバーやディスコのフロア嬢(20代後半まで)、30代以降は「性産業」関連施設の掃除婦、雑事係など、職種は限られている。


IPS HIV/AIDS研究事業現地取材からの抜粋
(現地取材班:浅霧勝浩、マルワーン・マカン・マルカール)


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(IPSJapan)
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